第1話 追放の前夜
焚き火の火が、乾いた枝をはぜさせた。
夜の森は冷たく、空は青黒い。遠くで魔獣の声がかすかに響き、風がテントの布を揺らす。
「……なあ、リオン」
勇者アルバートが、低い声で口を開いた。
彼の金髪は焚き火に照らされ、冷たい光を帯びている。その隣では、魔法使いのセリナが無表情に杯を傾けていた。
「おまえの《完全支援》、正直言って――役に立ってない」
その言葉は、焚き火の音よりも静かに、しかし残酷に響いた。
リオンは一瞬だけ息を呑み、ゆっくりと顔を上げた。
「……どういう意味ですか、勇者様」
「支援をかけられても、実感がない。俺も、セリナも、ガイルも。戦闘が楽になることもない。回復も他の僧侶のほうが速い。だからだ。――おまえを、明日から外す」
淡々と告げる声だった。
セリナが視線を逸らし、戦士ガイルは舌打ちをひとつ。
リオンは指先を握りしめた。
何も言い返せない。
確かに、彼らの目にはそう映っているのだろう。
「俺、支援が効いてないって……そんなはず、ないのに」
小さく呟いた声は、風に溶けた。
彼のスキル《完全支援》は、ステータス上はただの補助魔法。攻撃力や防御力を上げるだけの地味な能力だ。
だがリオンは気づいていなかった。
――その補助が、彼らの戦闘を“無意識レベル”で最適化していたことに。
戦士ガイルが皮肉っぽく笑う。
「おまえがいなくても、俺たちはやれる。むしろ足枷が外れて楽になるんじゃねえか?」
セリナも続く。
「ごめんなさい、リオン。でも、勇者様の決定です。……明日の朝、出発前に荷をまとめて」
リオンは、何かを言いかけてやめた。
その場を静かに立ち上がり、テントの外に出る。
夜風が頬を撫でた。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく。
夜明け。
パーティはすでに出発準備を整えていた。
リオンの荷は、すでに地面の脇にまとめられている。
アルバートは背を向けたまま、振り返らなかった。
「じゃあな、リオン。……悪く思うな。これも全員のためだ」
「……わかりました。今まで、ありがとうございました」
それだけを言って、リオンは背を向けた。
誰も、彼を引き止めなかった。
足音が草を踏み、やがて遠ざかる。
森の外に出たとき、初めて息を吐いた。
空は広く、灰色の雲がゆっくりと流れていく。
行くあてもない。
それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
数日後。
辺境の村・オルド。
小さな酒場で、リオンは温いスープを啜っていた。
旅人が少ないこの村では、支援職など必要とされない。
だが、彼はこの地で生きることを決めた。
「すみません、支援職さんですよね?」
声をかけてきたのは、短剣を腰にさした少女だった。
銀色の髪を揺らしながら、彼女は真っ直ぐにリオンを見つめる。
「私たち、小さな傭兵団を作ったばかりなんです。仲間が足りなくて……よければ、一緒に来てくれませんか?」
リオンはスプーンを止めた。
――誰かが自分を「必要としてくれる」声を、久しく聞いていなかった。
「……俺でいいのなら、力になります」
そう答えると、少女はぱっと笑った。
その夜、村の外れで訓練をすることになった。
彼女の仲間は三人。前衛の大男と、弓使い、そして治癒魔法を扱う少年。
どこか頼りないが、皆、真剣な目をしていた。
「じゃあリオンさん、お願いします!」
「――《完全支援》、展開」
淡い光が仲間たちを包み込む。
風が震え、空気が一瞬だけ張りつめた。
次の瞬間、弓矢が風を裂き、前衛の剣がまるで雷のような速さで閃いた。
「な、なんだこれ……身体が、軽い!」
「魔力の流れが、全部揃ってる……これ、普通の支援じゃない!」
驚きの声が上がる。
リオン自身もまた、初めて“実感”していた。
これが――自分の力。
遠く離れた場所で、勇者アルバートは戦っていた。
しかしその戦闘は、かつてのような連携を見せない。
攻撃がすれ違い、魔法が遅れる。
「おい、ガイル! タイミングを合わせろ!」
「無理だ! おまえの動きがずれてる!」
アルバートの額に汗が滲む。
セリナの詠唱は途切れがちで、彼らの間にあったはずの呼吸は完全に崩壊していた。
――その違和感の正体を、まだ誰も知らない。
彼らを陰でつなげていたのは、いつも支援職リオンの魔法だったのだ。
リオンは夜空を見上げた。
焚き火の火が、小さく揺れる。
炎の中に映るのは、まだ知らぬ未来。
追放された支援職――その名は、世界最強の裏方。
彼の物語は、ここから始まる。




