第095話 ー姉が紡ぐ、美しく偽られた物語ー
おかえりなさいませ。
本日は、姉が紡ぐ“美しい物語”が静かに広間を包む刻をお届けいたします。
社交会の中央に、
薔薇の香りを纏わせた風のように
セレナが立った。
扇子を胸元で閉じ、
静かに、ゆっくりと微笑む。
それだけで——
広間は息を呑むほど静まり返った。
(……やっぱり、姉様は強い)
リリアナの胸が、わずかに痛む。
*
セレナは落ち着いた声で口を開いた。
「本日は……このような場に立つことを
許してくださって、ありがとうございます」
声色は柔らかく、震えているようにすら聞こえる。
けれど、その震えは演技なのか、
本心なのかは分からない。
ただひとつ、
言葉には“人を惹きつける力”があった。
「……わたくしは、長らく苦しんでおりました。
皆さまの知らぬところで、
ひっそりと、ただ耐えるしかなくて……」
周囲の婦人たちが胸に手を当てる。
青年貴族たちは眉をひそめ、
どこか守るような視線を向けた。
(……誰も、疑わないの?)
リリアナの胸の奥が、
淡い痛みに沈む。
セレナの瞳が揺れた。
「本来なら……
わたくしの人生は、もっと穏やかだったはずでした。
家族に愛され、
優しい人と結ばれ、
静かに未来を描けるはずでしたのに……」
リリアナの胸が激しく脈打つ。
(……姉様。
本当に、そう思っているの……?)
セレナは続ける。
「ですが、ある日……
わたくしのすべてが崩れてしまったのです」
ざわめきが広がる。
「婚約は破談となり……
わたくしの立場は噂に傷つけられ……
王都中が、わたくしを“悪”と呼びました」
(……それ、違う……)
リリアナの指がわずかに震える。
アルフレッドはその震えに気づき、
そっと手を包む。
「大丈夫だ。
まだ聞け」
その言葉に、
リリアナは静かに頷く。
セレナは呼吸を一つ置き、
あの“儚げな微笑”を浮かべた。
「わたくし……
もう、諦めていたのです。
幸福も、未来も、名誉も……
すべて失われたと思っておりました」
涙がこぼれそうになるほどの声で。
周りの貴族たちは、完全に彼女に魅入っていた。
「ですが……
今日、こうして戻ってまいりました。
わたくしを信じ、
わたくしを気遣ってくださる方々が……
まだ、いたのだと知ったからです」
王妃派の若手が目を潤ませている。
婦人たちはハンカチを握りしめた。
(……また、“味方”を作るんだ)
その技術の正確さに、
リリアナは背筋が冷えるのを感じた。
*
セレナは視線をそっと、
リリアナへ向けた。
「そして……わたくしには、
どうしても話しておきたい相手がおりますの」
リリアナの息が止まる。
「……リリアナ」
名前が呼ばれた瞬間、
広間がざわめきで揺れる。
「姉妹の……話だ」
「まさか、あの噂……」
「どちらが真実を……?」
セレナはゆっくり歩み、
扇子を閉じて胸元に添えた。
「わたくしは、あなたに……
謝らなければならないの」
リリアナは目を見開いた。
(謝る……?姉様が……?)
だがその声色は、
痛ましさと美しさを混ぜたような響きだった。
「あなたに背負わせた“重荷”を。
あなたが……
どれほど辛く、
どれほど孤独だったかを……」
リリアナの胸が再び締め付けられた。
(……姉様……?
わたくしが……重荷?)
アルフレッドは目を細める。
「——言葉の配置が、巧妙だな」
セレナは涙のような声で続けた。
「だから、今日は……
あなたに“許し”をもらいに参りましたの」
その瞬間——
会場中が息を呑んだ。
美しく、
儚く、
人々の同情を根こそぎ誘う“謝罪劇”。
しかしそれは、
真実を曖昧にしたまま
全ての観客の心を奪うための
完璧な装置でもあった。
(違う……
違うのに……
どうして……)
リリアナは胸の奥が揺れる。
姉の言葉に痛みと戸惑いが混ざり、
心が静かに軋む。
セレナがそっと微笑む。
「……リリアナ。
あの日以来、
あなたに会いたかった」
リリアナは知らなかった。
この言葉が、
この夜の“噂の渦”をさらに大きく育てる
火種になることを——。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
セレナの言葉は、美しく、儚く、そして巧妙に真実を覆い隠します。
次の刻では、彼女の“謝罪”がどのように広間へ波紋を広げ、
リリアナとアルフレッドがどう応じるのか──
社交会の緊張はさらに高まってまいります。




