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第009話 ー鉱山の息吹ー

おかえりなさいませ。

本日は鉱山をご一緒いただきました。

山の鼓動と人々の誇りを、どうぞ胸にお納めくださいませ。

港の視察から一夜明けた朝、アルフレッドはリリアナを伴い、城館の北へ続く山道を進んでいた。空気は冷たく澄み、遠くの峰々が陽を受けて白く輝く。馬の蹄が固い岩道を打つたび、乾いた音が響き渡る。


 やがて風に鉄の匂いが混じりはじめた。山肌から削り出された岩塊が積まれ、荷車を押す人夫たちの額には汗が光っている。袋の隙間から覗く鉱石は灰色の中に淡く青い光を含み、リリアナは思わず声を洩らした。

「……ミスリル鉱……?」

 アルフレッドが短く頷く。

「この山が領地の心臓だ。だが酷使すれば、心臓も止まる」


 鉱山の坑口に到着すると、煤にまみれた作業員たちが交代の挨拶を交わしていた。肩で息をしながらも目は誇りに満ちている。坑内からは、岩を砕く鈍い響きと金属を打つ甲高い音が絶え間なく聞こえてきた。

「換気は十分ではない。事故も多い」

 アルフレッドの眉間がわずかに寄る。

「安全規程を改め、休憩と酸素の管理を徹底する。命を削れば山も枯れる」


 坑口の脇には木箱が積まれ、包帯や薬草が収められていた。だが埃をかぶっているのが気になり、リリアナは指で払った。

「備えはあるのに、使われていないのですか」

「作業員は強さを誇る。怪我を隠す者も多い」

 アルフレッドの灰色の瞳が坑内を射抜く。

「だが誇りだけでは命は守れない。治せる傷を放置すれば、やがて領全体の損失になる」


 坑内へ足を踏み入れると、ひやりとした空気と湿気が頬を撫でた。松明の火が揺れ、壁の鉱脈が鈍く光る。人夫たちの掛け声が重なり、まるで山そのものが呼吸しているようだった。

 リリアナは胸に手を当て、震える吐息を整えた。

「……息をしているのですね、この山は」

「その通りだ。息が続く様に、我らが支えねばならない」


 坑道を出ると、山風が強く吹き抜けた。眼下には領地全体が広がっている。村、川、港、街道――すべてがこの山と繋がり、山から命を得ている。

「港も道も、この山と繋がっている」

 アルフレッドの言葉に、リリアナは深く頷いた。彼の言う「繋がり」が、ようやく輪郭を持ち始める。


 夕暮れ、城館に戻ると、食堂の卓にマティアスが帳簿を広げて待っていた。収支の数字が整然と並び、赤や青の印が所々に記されている。リリアナは席につき、紙面に目を走らせた。

「……数字は冷たいものだと思っていました。けれど、ここでは人の息遣いが見える気がします」

 マティアスは目尻を細め、杖を軽く床に打った。

「リリアナ様がそう仰るなら、この家はますます強くなりましょう」


 夜。窓の外に広がる山影は黒く沈み、風に混じって再び鉄の匂いが漂った。リリアナは灯を落とす前に小さな紙片を取り出し、今日の気づきを記す。

「命を守る規則。山は息をしている。……支えるのは人」

 震えを帯びた文字が紙に残る。ペンを置いた瞬間、心臓の鼓動が山の呼吸と重なった気がした。

最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は領地の日常へご案内いたします。どうぞお楽しみにお待ちくださいませ。

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