第085話 ー政庁の使者、再びー
おかえりなさいませ。
本日は、辺境での縁が再び王都で結び直され、
政庁が動き始める刻をお届けいたします。
政庁の外庭に馬車が入ると、
白い柱の影から一人の男が歩み出た。
「辺境伯閣下、奥方殿──
再びお会いでき、光栄です」
落ち着いた声。
無駄のない所作。
リリアナは、その姿を見てすぐに気づいた。
「……クライヴ様」
「はい。
前回の査察では、お世話になりました」
クライヴは軽く頭を下げた。
その所作は王都貴族の派手な礼とは違い、
静かな誠実さを帯びている。
アルフレッドも頷いた。
「王都で再び顔を合わせるとはな」
「ええ。
辺境での“誓い”の件、
政庁の判断が揺れておりまして──
中立の立場である私が案内役に選ばれました」
その言葉に、
リリアナの胸の緊張が少し和らいだ。
クライヴは歩きながら続けた。
「辺境で見た貴殿らの姿は、
政庁の者にも伝えております。
誓いは“恐れの法”とは違う、と」
「……ありがとうございます」
リリアナが頭を下げると、
クライヴは一瞬だけ微笑した。
「王都にも、耳の早い者が多くて。
奥方殿がお越しになると知り、
すでにいくつかの派閥が色めき立っています」
アルフレッドは目を細めた。
「王妃派か」
「はい。ただし──
表立っては動きません。
“様子見”の段階です」
そこへ、
広場の反対側から視線が刺さる。
数名の貴婦人たちが、
扇子で口元を隠しながらこちらを見ていた。
「……噂よりも、落ち着いた方ね」
「お姉様とは随分……」
囁き声が、風に散る。
リリアナの胸がわずかに強張る。
その気配を感じ取って、
アルフレッドがそっと寄り添った。
「気にするな。
彼女たちは噂で世界を作る人々だ」
「……はい」
短い返事。
けれど声は震えていなかった。
クライヴは足を止め、
政庁の大扉へ向けて手を示した。
「本日の協議には、
王妃派の重鎮が何名か顔を出します。
ただ──」
そこで一度言葉が切れる。
「奥方殿の“名”に、
一番反応しているのは……
やはり、あの姉君の周辺かと」
空気が静かに揺れる。
リリアナは息を吸い、
胸の奥の痛みを押し出すようにして言った。
「大丈夫です。進みます」
アルフレッドはその横顔を見て、
穏やかに頷いた。
「では行こう」
大扉が開き、
王都の中心へ続く回廊へ
冷たい風が流れ込んだ。
どこかで、
“金色の残光”が揺れた気がした。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
次の刻では、政庁内での初会談が始まり、
王都側の“意図”がひとつ、はっきり形を取ってまいります。




