第084話 ー囁きと足音ー
おかえりなさいませ。
本日は、王都の中心で“囁き”が形となり、
リリアナの周囲に新たな気配が広がる刻をお届けいたします。
政庁へ向かう大路は、
朝の陽光に照らされ、淡い金の色を帯びていた。
馬車が進むにつれ、
街並みは古い路地から一変し、
整然とした石造りの建物が並びはじめる。
ここからが、
“王都の中枢”だった。
リリアナは窓の外を見つめる。
道行く人々の視線が、
ほんのわずかだが確かに自分へと向けられている。
「奥方だわ……」
「噂とは違うわね」
「姉君は……どうなるのかしら」
小さな囁きが、風に乗った。
胸の奥が、きゅっと締まる。
けれど、その感覚は“逃げたい痛み”ではなく、
“向き合う覚悟”の輪郭だった。
アルフレッドが隣でその変化に気づき、
静かに声を落とした。
「緊張しているな」
「……はい。でも、平気です」
「平気でなくていい。
堂々としていれば、それで十分だ」
その言葉は、
肩にかかる負担をそっと下ろすような響きを持っていた。
大路を抜けると、
政庁へ続く半円形の広場が開ける。
噴水の音が響き、
従者や役人たちが忙しなく行き交っていた。
馬車の進行がゆっくりになる。
その時だった。
広場の端で、数名の貴婦人が立ち話をしており、
そのうち一人がこちらを振り返った。
目が合った……ように感じた。
端整な仕立てのドレス、
よく整えられた髪、
そして——
どこか“見覚えのある姿勢”。
リリアナは息を止めた。
(……姉様?)
次の瞬間、
貴婦人は扇子を閉じ、
軽く会釈して、何事もなかったかのように踵を返した。
それだけだった。
姿も、顔も、名前も分からない。
けれど、
王都の空気がひやりと変わる。
アルフレッドが微かに眉を寄せた。
「気づかれたな」
「……わたくし、でしょうか」
「君だけではない。
“辺境伯一行”としての動きが、
王都にとって意味を持ち始めている」
リリアナは外套を握りしめた。
手のひらにじんわりと力が入る。
「政庁の者たちも、
王妃派の者たちも、
そして——姉君の周辺も」
「……姉様」
名を口にした瞬間、
胸の奥が静かに震えた。
アルフレッドはほんの少し歩み寄り、
声を低くした。
「安心しろ。
何があっても、君を一人にすることはない」
その言葉は、鼓動より近い場所に落ちた。
広場を抜けると、
政庁へ続く白い回廊が見え始める。
向こう側で、
役人らしき男がこちらへ歩いてきた。
ローレンスが小声で告げる。
「閣下、政庁より案内役が参るようです」
「早いな」
「ええ……何か、動いております」
王都の空気が、
いよいよ具体的な形を持ちはじめた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
次の刻では、政庁からの使者が本格的に登場し、
王都側の“最初の意図”が明らかになってまいります。




