第083話 ー中心街のざわめきー
おかえりなさいませ。
本日は、王都の中心への道で、噂と視線が形を帯びる刻をお届けいたします。
中央大通りへ差し掛かると、
王都特有の活気とざわめきが押し寄せてきた。
朝の露はすでに消え、
石畳は人々の足音で温まりはじめている。
露店の呼び声、商人の交渉、馬のいななき——
そのどれもが、王都の“中心”へ来たことを告げていた。
リリアナは馬車の窓から外を見つめた。
人の多さに懐かしさはあったが、
胸の奥には別の温度が小さく揺れていた。
「……こんなに人が多かったでしょうか」
「祭礼前だからな。使者や商人も増えている」
アルフレッドは淡々と答えた。
だがその声には、
王都の空気を読む冷静さがにじんでいた。
馬車が進むにつれ、
外の声が小さく変わっていく。
「辺境伯だ……」
「本当に来たのか」
「奥方は……あれが?」
――奥方。
その一言で、
リリアナの胸がわずかに跳ねた。
知らない人々の、
知らない視線が自分に向けられている感覚。
前回王都へ来たときは、
“閣下を支えるため”の緊張が強かった。
しかし今は違う。
“自分自身が見られている”という重さがあった。
アルフレッドがゆっくりと視線を向けた。
「気にしなくていい。
噂は、実像を知らぬ者が勝手に形にするものだ」
「……はい」
返事はしたものの、
胸の奥がきゅっと締まる。
その時だった。
通りの端で馬車を止めていた一人の若い夫人が、
ハンカチで口元を隠したまま、こちらを見ているのが分かった。
白い手袋。
派手すぎない上質なドレス。
そして、
“どこか見覚えのある仕草”。
夫人は侍女たちと何か囁き合い、
軽く会釈をしてから馬車へ戻っていった。
アルフレッドが小さく息を吐く。
「……あれは、王妃派のご婦人だ」
「王妃派……」
「彼女たちは、姉君とも縁が深い」
その言葉は、
重く響いたわけではない。
だが確かに、風向きが変わる気配があった。
リリアナは外套を軽く握った。
手のひらが汗ばむ。
「怖いか」
アルフレッドは小声で問いかける。
表情は変わらず、声だけが柔らかかった。
「……少しだけ。でも、逃げたいとは思いません」
「それで十分だ」
その一言は、
胸の奥を支える柱のような強さがあった。
ローレンスが馬車の横から声を掛ける。
「閣下、政庁へ向かう路が空きました。
誘導に従えば、すぐに中心部へ入れます」
アルフレッドは頷き、
リリアナへ視線を返した。
「これから先は、噂も視線も増える。
だが——君は君のままでいい」
その言葉に、リリアナはかすかに息を整えた。
馬車が再び動き出す。
街のざわめきが濃くなり、
王都の中心へ向かう風の音が胸へ流れ込む。
そして——
背筋が、ひやりと震える。
視界のどこかで、
ふと“金色の影”が通りの向こうへ消えた気がした。
振り返るほどの確信はない。
ただ、本当に一瞬だけ。
王都は、
確実に“何か”を動かし始めていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
次の刻では、このざわめきが“具体的な波紋”となり、
王都の貴族社会がいよいよ動きを見せてまいります。




