第081話 ー石畳に落ちる影ー
おかえりなさいませ。
本日は、王都に足を踏み入れた直後の、
過去と現在が静かに重なり合う刻をお届けいたします。
王都の門を抜けた瞬間、
石畳の匂いがふわりと立ち上った。
朝日を受けた街路は淡く光り、
早くから店を開く商人たちの声が
路地に静かに重なっていく。
リリアナは馬車から降り、
石畳へそっと足を置いた。
「……変わらない、ですね」
思わず漏れた言葉は、
懐かしさというより、
どこか遠くの記憶をなでるような響きだった。
王都に“住んでいた”頃に通った街路。
だが、その頃の自分とは違う。
今は、閣下と並んで歩くために戻ってきた。
アルフレッドが隣へ並び、
人の流れを確認してから小さく言った。
「歩けるか」
「……はい」
その問いは、“大丈夫か”ではない。
“共に進めるか”という意味だと、すぐにわかった。
ゆっくり歩き出すと、
路地の奥から小さなざわめきが届いた。
「辺境の誓いだって……」
「王妃派が騒いでるらしいぞ」
「それに、あの姉妹の……」
その一言で、リリアナの足がわずかに止まる。
——姉妹。
胸の奥に沈んでいた石のような記憶が
静かに動き出す。
アルフレッドは足を止め、
リリアナの横顔をそっと見た。
「無理に忘れなくていい。
だが、過去はもう君の重荷ではない」
リリアナは短く息を吸い、
微笑みを作ろうとして、うまく作れなかった。
「……セレナ姉様、
ここにいらっしゃるのですよね」
“いる”というだけで、
空気がわずかに締まる気がした。
姿は見えない。
声も聞こえない。
それでも、確かに存在している——
そんな気配だけが街に漂っていた。
「会わねばならない時は来る」
アルフレッドの声は落ち着いていた。
「だが、それは今日ではない。
君が構える必要もない」
「……はい」
その一言を落とした時、
胸の奥の震えが少し静まった。
馬車道が広がり、
中央通りに差し掛かる。
王都の朝の賑わいは、
前回来た時よりも柔らかく感じた。
——隣に閣下がいるから。
ふと、アルフレッドが歩幅を合わせ、
リリアナの外套の端をそっと直した。
「風が強い。冷える」
「……ありがとうございます」
触れた指先はすぐ離れた。
だが、その短い温度だけで
胸の奥が静かに熱を持つ。
「閣下、前方……」
ローレンスが小声で告げた。
視線の先、
街路の向こうで馬を下りた侍女たちが
何やらざわついている。
その中央に立つ“誰か”のシルエットが
淡く揺れていた。
ただの通行人かもしれない。
名前もわからない。
それでも——
リリアナの胸の奥が、
静かに跳ねた。
王都の空気が、
ゆっくりと色を変えていく。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
次の刻では、街路に揺れた“誰か”の影をきっかけに、
リリアナの過去と王都の気配が、少しずつ動き始めてまいります。




