第071話 ー静謐の議場ー
おかえりなさいませ。
本日は、王都の議場にて“恐れの法”が再び問われる刻をお届けいたします。
辺境より届いた報せが、王と民のあいだに新たな風を呼び込みます。
王都アルセリオ。
陽が高く昇っても、議場の空気は冷たかった。
長卓を囲む貴族たちの衣は絹の音を立て、
言葉よりも沈黙の方が多くを語っていた。
「――“恐れの法”を再審議とする」
執政官ローデルの声が静かに響く。
重ねられた書簡の一番上には、
辺境より届いた報告書があった。
封蝋には、銀の狼と“誓”の印。
ざわめきが、わずかに広がる。
「辺境が法に触れる行いをしていると?」
「違う。……彼らは“護る”という言葉で、
法の欠けた部分を補おうとしている」
現王妃派の議員が鼻で笑う。
「甘い理想だ。秩序は恐れで保たれる」
「恐れは、一時の従順しか生まぬ」
ローデルは淡々と返す。
「この報告を見ろ。犯罪率は減少し、
労働報告も改善。民は自ら働いている」
数枚の帳票が配られる。
紙をめくる音が、議場の拍のように響いた。
「……彼らは“誓い”を掲げ、
恐れの代わりに互いの敬意で秩序を保っている」
「辺境が独自の法を持てば、国は分かれる」
「いや、国は変わる。――“恐れ”を超えられるならば」
沈黙。
その沈黙を破ったのは、王の低い声だった。
「……報告をすべて読んだ。
誓いが人を生かすのならば、
それは恐れよりも正しい」
議場に光が差し込む。
古い石壁の隙間から、春の風がわずかに流れ込んだ。
「王都と辺境、互いの在り方を見直す時だ」
ローデルは静かに頷き、記録官へ指示する。
「議事録第十二項、“恐れの法”改訂案、討議継続」
羽根ペンの音が響く。
遠く、窓の外で鐘が鳴った。
同じ時刻、グレイバーンの空にも鐘が鳴る。
クライヴは報告書を閉じ、
「……届いたか」と小さく呟いた。
潮風が帳の頁をめくり、
港の方から白い帆が一隻、ゆっくりと近づいてくる。
その帆にも、灰青の“誓”の印があった。
拍のように、海が静かに鳴っていた。
沈黙の議場に差す光は、変化の兆しでございます。
恐れよりも敬意を選ぶ国が、静かに息づき始めました。
次の刻では、その風が再び辺境へと届き、人々の暮らしを動かしてまいります。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。




