第067話 ー灰の影、春の風ー
おかえりなさいませ。
本日は、王都と辺境、それぞれの春の光と影をお届けいたします。
“恐れの法”をめぐる新たな動きが、再び静かな波を呼び起こします。
王都の春は、灰色の雲をまとっていた。
風は冷たく、宮廷の塔を鳴らす鐘が不穏に響く。
臨時政庁の執務室。
大理石の机の上には、一通の報告書が置かれていた。
封蝋には“辺境グレイバーン”の名。
「……“恐れの法”に代わる“辺境の誓い”を公布、か」
書簡を読んだ執政官ローデルは眉をひそめた。
「勝手なことを。和解とは、王の慈悲を受けることだというのに……」
補佐官が声を潜める。
「陛下は静観を指示されています。ですが、旧宰相派の残党が動いております」
「ラザールの影か」
ローデルは小さく舌打ちした。
「“恐れの法”を掲げ直す動きがある。
あの男が完全に消えていなかったとすれば……」
窓の外では、春の陽が霞のように差していた。
ローデルは羽根ペンを取り、淡々と命を記す。
“グレイバーン領の動向を注視せよ。
必要あらば、査察を派遣する。”
その文字が乾く頃、王の間の扉が静かに開いた。
ローデルは立ち上がり、頭を下げた。
「陛下。辺境より新たな報せが――」
だが王は軽く手を上げた。
「聞かぬ。……あの地は、もはや私の恐れではない」
その言葉に、ローデルの喉が詰まる。
王の瞳には、わずかな安堵と寂寞の影が宿っていた。
「……灰の血の子が、沈黙を越えたか」
王は呟き、背を向けた。
「それでよい。だが、“恐れ”という影は、まだこの都から消えぬだろう」
*
一方、グレイバーン領。
春の光がようやく村々に届き始め、
人々は新しい“誓い”の言葉を掲げていた。
リリアナは広場に集う子どもたちに教本を渡していた。
「“恐れ”ではなく“護る”と書くのよ」
笑顔が広がる。
その後ろで、アルフレッドが報告書を手にしていた。
「王都が動く気配がある。
執政官が査察の名を使い、誰かを送るつもりだ」
リリアナは眉を寄せる。
「……また、過去の影が動くのですね」
アルフレッドは頷いた。
「名は出ていない。だが、“恐れの法”を掲げたい者たちは必ずいる。
そしてその思想を最もよく知るのは――あの宰相だった」
リリアナは静かに息を吐いた。
「ならば、もう一度“真実”で応えるしかありませんね」
アルフレッドは灰の瞳を細める。
「“灰の血”の記録――母上が遺した真実を、
今度こそ明らかにする時かもしれん」
リリアナは頷き、少しだけ微笑んだ。
「その時、閣下は恐れられることを恐れませんか?」
「……恐れるさ。だが、今はお前がいる」
短い沈黙ののち、二人は互いに微笑んだ。
外では春の風が吹き抜け、
掲げられた旗が“誓い”の文字をはためかせていた。
その旗の向こうで、王都の影がゆっくりと動き始めていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
希望と再生の季節に、再び蠢く“恐れ”の影。
次の刻では、ラザールの残した真の目的が、少しずつ明らかとなってまいります。
どうぞ次回もお楽しみくださいませ。




