第066話 ー辺境の誓いー
おかえりなさいませ。
本日は、“沈黙”から“誓い”へ――
リリアナが初めて声を持ち、辺境に新たな道を示す刻をお届けいたします。
春を告げる風が、雪を溶かしてゆく。
灰色の山々に朝日が差し込み、長く閉ざされていた道が開け始めていた。
グレイバーン領の広場には、百を超える領民が集まっていた。
王都からの使者が到着し、“恐れの法”の遵守を確認するという。
空気は張りつめ、誰もが息を潜めていた。
壇上に立つリリアナは、白の外套を纏っていた。
背筋を伸ばし、風に揺れる髪を押さえることもせず、
その瞳だけで人々を見渡した。
「――本日、王都の政庁より“恐れの法”の再確認を求められました」
使者の男が頷く。
「その通りです。陛下の意に背くつもりがなければ、ここで署名を」
ざわめき。
リリアナは一歩前に出た。
手に持っていた羊皮紙を静かに広げる。
「ですが、わたくしたちは既に“別の誓い”を結んでおります」
使者の眉が動いた。
「別の……誓い?」
「はい。恐れによって人を支配する法ではなく、
守り合うための誓いです。――“辺境の誓い”。」
周囲のざわめきが強まる。
だが彼女は怯まなかった。
「この地に生きるすべての者が、誰かを恐れることなく手を取り合う。
それが、グレイバーンの名に誓う道です」
使者が冷ややかに笑った。
「王都に逆らうおつもりか」
「逆らうのではありません。信じるのです。
恐れのない国を、共に築けると」
短い沈黙のあと、広場の端から拍手が起きた。
最初はひとり、次にふたり。
やがて音が波となり、辺境の風に乗って広がった。
壇上の隅に立つアルフレッドは、その光景を黙って見ていた。
灰の瞳に映る彼女は、もはや守るべき者ではなく、
並び立つ者だった。
使者は押し黙り、書簡を閉じた。
「……このこと、政庁に報告いたします」
「ええ。どうぞ。
ただし、“恐れ”ではなく“誇り”としてお伝えくださいませ」
リリアナの声は凛として、澄み切っていた。
春の風が広場を吹き抜け、旗がはためく。
その瞬間、長く続いた冬が本当に終わったように感じられた。
アルフレッドは彼女の傍に歩み寄り、低く囁いた。
「……俺が語るよりも、ずっと強い言葉だった」
「閣下の教えがあったからです」
「そうか……では、この誓いを共に守ろう」
リリアナは静かに頷いた。
青の瞳に、陽の光が差し込む。
それはもう、沈黙の中に生きる瞳ではなかった。
“誓い”という名の声を得た者の、確かな光だった。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
恐れを超えた誓いは、人々に希望をもたらしました。
次の刻では、その光が王都へ届き、“灰の血”の真実が再び動き始めます。
どうぞ次回もお楽しみくださいませ。




