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姉に婚約者を奪われた令嬢、辺境伯の最愛の妻になって王都を見返す  作者: 影道AIKA


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第063話 ー沈黙の花ー

おかえりなさいませ。

本日は、沈黙の中で咲く“花”のような一幕をお届けいたします。

失われた誇りのあとに芽吹く優しさと、それを見守る一人の青年の記憶をご覧くださいませ。

婚約を奪われた夜から、数日後……

 王都の喧噪は遠く、朝の鐘の音が静かに響く。

 リリアナは籠を手に、小さな孤児院へと歩いていた。

 霧に濡れた石畳を踏むたびに、靴の音が淡く響く。


 扉を開けると、子どもたちの笑い声が広がった。

 暖炉の火、古い本の匂い、朝の日差し。

 その中に、ほんのわずかにだけ、心が安らぐ瞬間があった。


 「お嬢さま、今日もお話を読んでくださるの?」

 「ええ、今日は“森の約束”を読みましょう」

 リリアナは微笑みながら椅子に腰を下ろした。

 彼女の声は柔らかく、けれど芯のある響きを持っていた。

 悲しみを覆うように、穏やかに――まるで祈りのように。


 その声を、廊下の影から一人の青年が静かに見つめていた。

 灰色の瞳、黒の上衣。士官学院の制服をまとったアルフレッド。

 修道会への奉仕任務の一環として、この孤児院を訪れていたのだ。


 (……この声……)

 彼は息を潜めた。

 暖かな光の中、少女が本をめくるたび、子どもたちが笑う。

 その光景が、まるで遠い記憶を呼び起こすように胸を打った。


 物語が終わり、子どもたちが走り回る。

 リリアナは机に並んだ布切れを手に取り、針仕事を始めた。

 「ミーナ、ここの糸を結んでくれる?」

 小さな少女が笑って頷く。

 針の先に光が反射し、まるで春の花弁のように煌めいた。


 その様子を見つめながら、アルフレッドはゆっくり息をついた。

 彼はこの光景を知っている――そう、かつて幼い頃にも見た。

 孤児院の庭で、本を読む少女。

 あの日の笑顔と声が、目の前で再び形を持っていた。


 院長が廊下を通りかかり、アルフレッドに気づく。

 「おや、あなたは学院の方かね?」

 「はい。士官課程から奉仕で参りました」

 「立派なことです。あの娘も毎朝来てくれてね、リリアナ嬢は」

 「……リリアナ……」

 青年の唇がかすかに動く。

 胸の奥で何かが弾ける音がした。

 やはり――彼女だったのか。


 リリアナは外の光に目を細め、

 「今日も皆が笑えますように」と小さく祈った。

 その横顔に、アルフレッドの灰の瞳が吸い寄せられる。

 (どうしても……目を離せない)


 けれど、彼は声をかけなかった。

 彼女の穏やかな笑顔を、崩したくなかった。

 “守る”とは、時に距離を置くことだと分かっていたから。


 孤児たちが歌い、花を束ねる。

 リリアナがその花を手に取る。白く小さな花弁――“沈黙の花”。

 誰かに教わったわけでもない、けれどいつの間にか手が覚えていた。

 「静かに咲く花ほど、強く生きるのよ」

 彼女の言葉が、春風に溶けて消える。


 アルフレッドは踵を返し、静かにその場を離れた。

 遠くで鐘が鳴る。

 彼は空を見上げ、胸の内でそっと呟いた。

 (どうか、この光が失われぬように――)


 それが、彼の初恋の終わりであり、始まりだった。

最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。

この小さな再会が、やがて“選ばれる運命”の始まりでした。

次の刻では、崩れゆく夜――“崩れた約束”へと繋がってまいります。

どうぞ次回もお楽しみくださいませ。

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