第057話 ー始まりの土ー
おかえりなさいませ。
本日は、辺境再興の第一歩、“始まりの土”の刻をお届けいたします。
荒れ果てた大地に再び芽吹く希望の光、そのぬくもりを感じてくださいませ。
朝霧が薄く漂い、辺境の地を包んでいた。
城下の道はぬかるみ、崩れた橋の残骸が川辺に横たわっている。
リリアナは裾を上げて歩きながら、泥に濡れた石を拾い上げた。
「これほどまでに……冬の間に、こんなに傷んでいたのですね」
「人も、土地も、恐れの時代を越えてきた。
だがここは、生きる力を持つ地だ」
隣でアルフレッドが答えた。
その瞳は曇り空の下でも、静かな光を帯びている。
彼は地図を広げ、指で印を付けた。
「この橋と、北の畑、それから水車の修復を最優先にする。
作業班は三つに分けて配置。
老人や子どもは休ませろ、手を動かせぬ者には食を配れ」
「はい、閣下!」
領民たちの声が返る。
その力強さに、リリアナの胸がじんと熱くなった。
午後になると、空が少しずつ晴れた。
修復班の少年たちが材木を担ぎ、橋の杭を打つ。
リリアナは袖をまくり、傷口に布を巻いていく。
「この薬草、乾かして粉にすると痛みが和らぎます」
「奥さま、そんなことまで……」
「わたくしも皆と同じですもの。
恐れの時代を越えたなら、手を取り合わなくては」
夕暮れ、アルフレッドは川辺で立ち止まった。
川の流れはまだ濁り、雪解け水が勢いを増している。
橋の半分がようやく組み上がったところだった。
マティアスが横で息をつく。
「昔なら、宰相府の支援を待つほかなかったのですが……」
「支援を待つより、自ら動く方が早い」
アルフレッドはそう言って槌を手に取り、自ら杭を打った。
その音が響くたびに、領民たちが顔を上げる。
疲れた表情の中にも、確かな希望があった。
夜。
領主館の灯がともり、窓から風が流れ込む。
リリアナは机の上に新しい帳簿を開いた。
「閣下、明日には南の村にも人を回します。
道沿いの集落には、まだ戻れぬ者もいるようです」
「無理に呼び戻すな。
帰る場所を整えるのが先だ。
この地が“帰ってきたい場所”になるように、な」
その言葉に、リリアナは小さく微笑んだ。
「――それが、わたしたちの務めですね」
彼女は帳簿の端にそっと文字を書き添える。
『始まりの土。人を育て、心を繋ぐ場所』
外では、修復途中の橋を渡る風が鳴った。
木々が揺れ、夜空の星がかすかに瞬く。
リリアナは窓を見上げながら呟いた。
「恐れが去ったあとに残るもの――それはきっと、希望の形なのでしょうね」
風がカーテンを揺らし、
まだ乾ききらぬ土の匂いが夜気に混じった。
辺境の春が、ようやく息を吹き返していた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
恐れの時代を越えた地に、いま再び人の手が戻りました。
次の刻では、再建の中で見えてくる“見えない影”を描いてまいります。
どうぞ引き続きお楽しみくださいませ。




