第055話 ー帰還の風ー
おかえりなさいませ。
本日は、王都を後にする辺境伯夫妻の“再出発”の刻をお届けいたします。
過ぎた夜を越え、新しい風が彼らの未来を照らしはじめます。どうぞご覧くださいませ。
王都の空は、薄く霞んでいた。
春を告げる風が吹き、城門前の石畳に落ちる光が揺れる。
リリアナは馬車の前で深く一礼した。
「陛下、これまでのご厚情に、心より感謝申し上げます」
王は静かに頷き、杖を手に前へ進む。
「礼を言うのは私の方だ、リリアナ。
お前がいなければ、私はいまだ恐れに縛られていただろう」
彼の声は穏やかで、疲労と共に温かみがあった。
「この国に“灰の血”を導きと記したのは、私の妻だ。
そしてそれを真実としたのは……お前だ」
リリアナは瞳を伏せ、静かに答えた。
「私はただ、王妃様の祈りに救われただけです。
陛下がそれを受け止めてくださったこと、それがすべてです」
王は微笑み、手を掲げた。
「――行け。
辺境を支えるその手は、もはや恐れではなく慈しみの力であると信じよう」
アルフレッドが一礼する。
「陛下の信を胸に、この命をもって応えましょう」
その背を見送りながら、王は呟いた。
「……イリス、あの子たちは、お前の夢の続きだ」
*
王城を離れた馬車は、ゆっくりと城下町を抜けた。
朝靄の中で鐘が鳴り、往来の人々が頭を下げる。
その誰もが、“辺境伯夫妻”を恐れではなく敬意の目で見送っていた。
リリアナは窓を開け、街並みを見つめた。
「……この街、静かですね」
「恐れが消えれば、静けさが残る。
人は本来、そうして立ち直るものだ」
アルフレッドの声は柔らかかった。
リリアナは小さく頷き、微笑んだ。
「辺境に戻ったら、まず何をいたしましょうか」
「道を整えよう。
冬の間に崩れた橋もあるし……それに、新しい学校を建てる」
「学校、ですか?」
「王妃の祈りを受け継ぐなら、知を閉ざすわけにはいかぬ。
恐れは無知から生まれる。ならば、学びで断てばいい」
リリアナの胸に温かな風が通り抜けた。
「……それこそ、イリス様の願いですね」
馬車が丘を越えたとき、遠くに辺境の山並みが見えた。
雪解けの光がきらめき、草の匂いが風に混じる。
アルフレッドはその景色を見つめ、静かに言った。
「帰ろう、リリアナ。
ここが始まりの地だ」
リリアナは頷き、そっと彼の手を取った。
風が二人の指の間を抜け、春の香りを運ぶ。
王都の鐘の音は遠く、もう聞こえない。
新しい季節が、ゆっくりと二人を包み込んでいた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
王都の物語はひとつの結末を迎えましたが、二人の旅はまだ続きます。
次の刻では、再び辺境の地に戻り、新たな試練と再生の物語をお届けいたします。
引き続き、ご覧くださいませ。




