第053話 ー王の裁定ー
おかえりなさいませ。
本日は、王の裁定と共に訪れる夜明けの刻をお届けいたします。
恐れを捨て、真実を選ぶその瞬間――どうぞご覧くださいませ。
宰相の杖が床を転がり、音が静かに止んだ。
その余韻の中で、王は長い沈黙を守っていた。
誰もが次の言葉を待ちながら、息を潜める。
「……イリスが、導きと記したか」
王の声は掠れていた。
老いた瞳の奥で、揺れる炎のような後悔が見えた。
「私は恐れていた。“灰の血”を――あの子を……」
アルフレッドが一歩進み、静かに膝をついた。
「陛下、母はあなたを憎んではおりません。
ただ、恐れに飲まれぬよう願われていた。
そしてその恐れが、今もこの国を縛っているのです」
王は顔を上げた。
「……ならば、我が手で解かねばならぬな」
ラザールが血の気を失った顔で一歩後ずさる。
「お、陛下……私はただ、王家のために――」
「王家のため、か」
王の声が冷たく響いた。
「ならば、お前は王家を“偽り”で護ると申すのか」
ラザールは言葉を失う。
彼の背後で、灰色の旗が揺れた。
その揺らぎの向こうに、王妃の肖像が淡く光を帯びている。
リリアナはその光を見つめながら、静かに言葉を紡いだ。
「陛下。
王妃様は灰の血を“導き”と呼ばれました。
その意味は、“人を導く力”であって、支配する力ではありません。
どうか、恐れではなく慈しみのもとに裁きを」
王は深く頷いた。
「……リリアナ・アーデン夫人。
お前の言葉は、王妃の声によく似ている」
ラザールが震える声で叫ぶ。
「陛下! そんな理想で国は治まりませぬ!
恐れを忘れた時、秩序は崩れるのです!」
アルフレッドはゆっくりと立ち上がった。
「秩序を恐れで縛る国など、長くは持たぬ。
母も、そして妻も、命を懸けてそれを示してくれた」
剣がわずかに鳴る。
アルフレッドはそれを抜かずに、王の前に膝を折った。
「陛下。
この剣は王に仕えるためにあり、争うためではありません。
どうか――“真実の王命”を」
王は玉座の前に進み出ると、
ゆっくりと右手を掲げた。
「王妃イリスの記録を真と認め、
宰相ラザールを王国侮辱および記録偽造の罪により拘束する」
広間がどよめく。
兵たちが動き、ラザールが取り押さえられる。
だがその目には、まだわずかな光が残っていた。
「……愚かしい。
“灰の血”が災いを呼ぶことを、まもなく知るだろう」
彼は嘲るように笑い、兵に引きずられていく。
その声は大理石の床を這うように響いた。
静寂。
王は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「……恐れではなく、慈しみのもとに。
――イリス、ようやく約束を果たせたな」
リリアナは胸の前で手を合わせた。
アルフレッドが隣で小さく頷く。
大広間の高窓から、一筋の光が差し込む。
それは、長い夜の終わりを告げるように、静かに二人を照らしていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
王の裁定により宰相は退けられましたが、ラザールの残した言葉が不穏な影を残します。
次の刻では、“灰の血”にまつわる新たな脅威が姿を現します。
どうぞお楽しみに。




