第051話 ー鐘の鳴る方へー
おかえりなさいませ。
本日は王城に響く鐘の音と共に、沈黙が破られる瞬間をご覧いただきます。
祈りのような声が、どのように運命を変えていくのか――どうぞお見届けくださいませ。
第051話 ー鐘の鳴る方へー
王城の大広間。
冷たい床に光が差し込み、玉座の間を二分していた。
片方には宰相ラザールと王。もう片方には、リリアナ。
その間を満たすのは、言葉ではなく重たい沈黙だった。
「……沈黙は、罪ではありません。恐れが罪なのです」
リリアナの声は震えていない。
ただ、穏やかに、まるで祈りを捧げるように。
王の視線がわずかに揺れた。
「王妃イリス様が恐れたのは、“灰の血”ではなく、
その血を恐れる陛下ご自身でした」
玉座の前で、ラザールの目が細まる。
「……口が過ぎますな、夫人」
「真実を語ることは、陛下への不敬ではありません」
ラザールはゆっくり歩み出て、王の前に立った。
「陛下、今こそお決め下さい。
この女を罰するか、さもなくば王命の権威を失うか――」
その瞬間、大広間の高窓が震えた。
――ゴォン。
低く、遠くで鐘が鳴る。
誰もが息を呑む。
音は北塔の方角から、確かに響いていた。
王が顔を上げる。
「……北塔の鐘が、なぜ鳴る?」
宰相の眉がひそめられる。
「点検の刻ではありません。警報か……?」
扉の前で兵たちがざわめき、数名が慌てて外へ走った。
王が立ち上がろうとしたが、ラザールが制する。
「陛下、どうかご安心を。
私が確認いたします」
しかし、彼の声には焦りが混ざっていた。
鐘はもう一度、低く鳴る。
――その音と同時に、大扉が静かに開いた。
そこに立つ人影。
灰の外套、濡れた髪、冷たい瞳。
衛兵たちが息をのむ。
「……アルフレッド・エヴェレット閣下!」
ひとりが叫んだ。
霧雨を背に、アルフレッドはゆっくりと歩み出る。
「陛下。
北塔の警備に不備がございましたので、直して参りました」
ラザールの顔が凍りつく。
「……どうやって、出た?」
「出る必要はなかった。扉が開いていたからな」
彼は玉座の前まで進み、深く一礼する。
「リリアナ・アーデン夫人に対する裁き――その場に、夫として立ち会わせて頂きます」
リリアナは息を呑んだ。
信じられないように目を見開き、それでも一歩も引かない。
無意識に胸元の銀鎖へと指が触れる。
「閣下……」
アルフレッドは静かに首を振る。
「言葉は要らぬ。――もう、沈黙は終わった」
ラザールが鋭く叫ぶ。
「陛下! この男は謀反の容疑で――」
「黙れ、ラザール」
王の声が低く響く。
「……鐘が鳴った時、私は“幻”を見た。
妻が笑っていた。あの“灰の瞳”を抱いて」
王はゆっくりと玉座から立ち上がる。
「アルフレッド。お前の母は、国を憎んで死んだのか?」
アルフレッドは首を振る。
「いいえ。陛下を愛しておられました。
だからこそ、遠ざけたのです。陛下を護るために」
広間の空気が変わった。
兵の手が剣から離れる。
ラザールだけが笑みを失わない。
「陛下。美しい言葉ですが――証はありますまい」
リリアナが前へ出た。
銀鎖を握りしめ、深く息を吸う。
「あります。
王妃様が残された“記録”の中に、陛下とアルフレッド様への祈りがありました」
ラザールが一歩踏み出す。
「禁書を――」
「禁書ではありません。希望です」
リリアナの声が鐘の余韻に重なる。
――沈黙は終わった。
そして、言葉が刃となる時が来た
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
鐘の余韻が残る大広間で、真実の言葉がいよいよ刃となり始めました。
次の刻では、宰相ラザールの反撃と“記録”の開示をお届けいたします。
引き続きご覧くださいませ。




