第045話 ー評議会の罠ー
おかえりなさいませ。本日は王都評議会の陰謀と、二人が別々の戦場に立つ刻をご覧いただきます。
沈黙と真実の狭間に揺れる選択を、どうぞ胸にお納めくださいませ。
王都の大評議会は、白大理石の円形広間で行われた。
壁には歴代の王の肖像が並び、天井には双頭の獅子が描かれている。
豪奢であるはずの空間なのに、そこに満ちるのは荘厳ではなく――冷たい敵意だった。
アルフレッドが扉をくぐると、視線が一斉に彼へ注がれる。
王座の横には宰相ラザール、その隣には数名の老貴族。
その誰もが口元に作り笑いを浮かべていた。
「辺境伯アルフレッド・アーデン」
ラザールが一歩前へ出る。
「貴殿には、幾つかの報告が届いております。――“領内の財務不正”、“王命無視”、“不正輸送”。どれも事実と異なると仰るか?」
声は穏やかだったが、広間全体に響くほど冷ややかだった。
アルフレッドは一歩も引かず、灰色の瞳で宰相を見据える。
「異なる。王都が送った監査官が改ざんした記録を、閣下ご自身が確認したはずだ」
その瞬間、アルフレッドの灰の瞳が宰相ラザールを射抜いた。
広間の空気がわずかに揺れ、誰も息をする音さえ立てられなかった。
「ほう……証拠は?」
「既に破棄された。だが、帳簿を改ざんした人物は拘束済みだ」
「その者が“真実を語る”保証は?」
「保証はない。ただ、俺が信じるだけだ」
その言葉に、ラザールの眉が僅かに動いた。
「信じる、か。だが王政は信仰では動かぬ。――証拠こそが秩序の礎だ」
「ならば秩序は、王の目ではなく、宰相の都合で決まるのか?」
空気が張り詰めた。
貴族たちがざわめき、王の表情が揺れる。
老王がゆっくりと立ち上がる。
「アルフレッド。お前は未だに王の血を持ちながら、王家に背を向けるつもりか」
「背を向けてはおりません。――ただ、王が“人”を忘れた時にこそ、誰かが人を見なければならない」
その言葉に、王の瞳が細められる。
ラザールはすかさず口を挟んだ。
「つまり、陛下のご治世を否定するおつもりか?」
「違う。否定ではなく“補う”のだ。民が飢え、兵が倒れた時に、机上の決議は彼らを救わない」
「貴殿はいつから民の代弁者になった?」
「辺境を歩いた日からだ」
静かに告げる声が広間に響いた。
その瞬間、ラザールの目が細まり、わずかな笑みが口角に浮かぶ。
「ならば――その口で王妃の遺した“日記”の存在を語るか?」
アルフレッドの背筋がわずかに硬直する。
広間がざわめき、王の表情が変わった。
「……日記、だと?」
ラザールが恭しく頭を下げる。
「ええ、陛下。夫人リリアナ殿が花園にて発見された“禁書”でございます」
王の手が玉座の肘掛けを強く握り締めた。
「リリアナが――何をした?」
「“灰の血の正統性”を記した記録を掘り出し、辺境伯閣下に渡したと」
「……」
アルフレッドの唇が僅かに動いた。
「……それが罪だというなら、この国は真実を殺す」
その言葉に、王の目が大きく見開かれる。
ラザールが笑った。
「王を侮辱する発言として記録いたしましょう」
兵士たちが動き、広間に重い空気が流れた――。
***
一方その頃、王都の屋敷。
リリアナは静かな部屋の中で、ひとつの机を開けていた。
中には昨夜アルフレッドが隠した“複写の記録”。
原本はすでに、閣下が信頼を置く修道騎士団の保管庫へ託してある。
残るこの写しだけが、王都に残された唯一の“証”だった。
そのページを見つめながら、彼女は小さく呟いた。
「……日記が陛下の前で使われてしまうのかしら」
胸の奥に冷たいものが流れる。
真実を照らすはずの言葉が、彼を縛る鎖に変わるかもしれない――
そんな予感が、どうしようもなく頭を離れなかった。
その時、廊下から微かな足音。
扉の隙間から覗くと、例の侍女が封書を手に歩いている。
宰相ラザールの印が押された黒い封蝋。
リリアナは息を潜め、机に手を伸ばした。
――布に包んだ複写の記録を、咄嗟に引き寄せる。
誰にも見つかってはならない。
“沈黙”のままに、彼女は行動を選んだ。
彼の策に嵌るふりをしながら、逆にその影を辿る。
アルフレッドが王の前で戦っている間に、
リリアナもまた――己の戦場へ足を踏み出していた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
次の刻は、アルフレッドの裁定と、リリアナが掴む“裏の証人”の登場をお届けいたします。
どうぞご期待くださいませ。




