第042話 ー沈黙の花園ー
おかえりなさいませ。本日は王都の裏庭に眠る真実と、王妃が遺した想いをご覧いただきます。沈黙の花園に咲く一輪の希望を、どうぞ胸にお納めくださいませ。
王都滞在三日目。
宮廷からの呼び出しもなく、王の命令もないまま、時間だけが静かに過ぎていった。
しかし、その静けさこそが不気味だった。
廊下を歩くたび、誰かの視線が背を撫でる。
笑顔で挨拶を交わす貴婦人の瞳には、探るような光が宿っていた。
そんな中、リリアナは城の厨房で働く年老いた侍女に声をかけられた。
「……奥方様、王都で“真実”を探すのはおやめなさい。花園の奥に眠るものは、見つけた者を不幸にします」
その言葉にリリアナは足を止めた。
「花園の……奥?」
「昔の王妃様がね、よくそこで本を書かれていました。亡くなられた日も、最後までその場所にいらしたそうです」
「その方は……閣下の母上ですね?」
侍女は静かに頷いた。
「そう。あの方は“灰の瞳”を嫌う人たちから、お子を守ろうとなさっていた……でも、誰も聞こうとしなかった」
リリアナの胸の奥がざわめいた。
「――記録は、すべて燃やされたはずなのに」
「燃やしきれなかったのかもしれません。あの方は、書くことをやめない方でしたから」
その夜、リリアナは灯りを落とした部屋でひとり考え続けた。
(花園。燃やしきれなかった記録。……きっと、何かが残っている)
女の直感というより、王妃の心を思う者としての確信だった。
王妃が息子に残したかった“言葉”は、誰にも見つけられない場所――
それならば、人々が怖れて近づかぬ裏庭こそ、ふさわしい。
そして翌朝、彼女は単身で王城の裏庭へと向かった。
春の陽が斜めに差し込み、朽ちかけた噴水の影が静かに揺れる。
ここはかつて、王妃が愛した場所だと聞いた。
そして、彼女が亡くなった後、王が二度と足を踏み入れなかった場所でもある。
リリアナは噴水の縁をなぞり、石の隙間に指を差し入れた。
硬い手触り――古びた箱のような感触。
慎重に取り出すと、そこには封蝋が半ば溶けた古文書があった。
『王妃イリスの日記』
息を呑む。
書を開くと、震える筆跡がいくつもの頁に刻まれていた。
『アルフレッド……我が子。王は、あの子の瞳を恐れている。
灰の色は“王権の象徴”ではなく、“予言された破滅”でもあると。
ゆえに、王は血を遠ざけようとしている。
だが、あの子は優しい。王の器ではなく、人の器を持って生まれた子。
この国に必要なのは、玉座よりも彼のような心。
どうか、この子が生きる場所を見つけられますように。』
震える手が止まらなかった。
――アルフレッドは、追放されたのではなく“守られた”のだ。
王妃が彼を逃がし、辺境へと導いた。その命を賭して。
その時、背後で衣擦れの音がした。
「……探すのが上手いな、リリアナ夫人」
振り返ると、宰相のラザールが立っていた。
細い唇に笑みを浮かべながら、杖の先で石畳を軽く叩く。
「まさか、王妃の秘密を掘り当てるとは」
「宰相殿……あなたはご存知だったのですね」
「知っていたとも。だが、この国は“真実”ではなく“均衡”で成り立っている。
王妃が守ったものを暴けば、国は揺らぐ」
リリアナは胸を張った。
「揺らぐのは、嘘を重ねた王都の方です。
――わたくしは、この地を欺瞞から救いたい」
「なるほど。あの男に似ているな。口調も、眼差しも」
ラザールの目が一瞬だけ鋭く光る。
「だが、覚えておくといい。真実を掘り出す者は、常に最初に潰される」
その言葉を残して、宰相は踵を返した。
リリアナは震える指で日記を抱き締めた。
(怖い――でも、もう戻れない)
王妃が守りたかったもの。アルフレッドが選んだ道。
どちらも、偽りではない。
彼が“義務”ではなく“意思”で立つ理由が、ここにあった。
彼女は静かに呟いた。
「……閣下、あなたの“義務”は、きっと愛だったのですね」
夕暮れの光が花園を照らす。
枯れた花々の中に、ひとつだけ白い花が咲いていた。
その花びらは風に揺れながら、まるで王妃の願いが今も息づいているかのように輝いていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、王妃の日記をもとに動き出すリリアナと、王都を揺るがす新たな策謀をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




