第040話 ー王都の門ー
おかえりなさいませ。本日は王都到着、そして王家の血の真実が初めて姿を見せる刻をご覧いただきます。静寂に響く父子の言葉を、どうぞ胸にお納めくださいませ。
長い旅路の果て、王都の城壁が見えた。
高くそびえる白い石の門。かつてリリアナが少女の頃に見上げたそれは、威厳よりも冷たさを帯びて見えた。
春の陽光を反射して輝くはずの塔は、どこか鈍く濁り、まるで巨大な墓標のようだった。
馬車が城門前で止まり、兵が名を告げる。
「辺境伯アルフレッド・アーデン閣下、及びご夫人、王都評議会の召喚により来訪」
兵士たちは一斉に姿勢を正すが、その瞳の奥に宿るのは敬意ではなかった。
――恐れ、そして敵意。
門番の長が無言で頷く。
「お通りいただきます。ただし、兵と荷馬車は別に検めます」
アルフレッドは頷き、静かに手綱を引く。
「構わん。調べたいなら好きに調べろ」
低い声が響き、門が重く軋んで開いた。
王都の空気は辺境と違っていた。
香と香辛料の匂いが混じり、街路は絹と宝石で飾られている。
だが、リリアナの心は少しも安らがなかった。
通りすがる貴族たちの視線が冷ややかで、噂がもう広がっているのが分かる。
「“辺境の獣”が戻った」「王の血を騙る男」「妹令嬢を妻にした奇人」
囁きが風に乗って耳に刺さる。
「……覚悟はしていたが、歓迎とはいかんな」
アルフレッドの声が皮肉に滲む。
「ここは噂で動く街です。真実よりも、都合の良い嘘の方が好まれる」
リリアナは微笑もうとしたが、その笑みは震えていた。
アルフレッドがそっと手を伸ばし、彼女の指を握る。
「怖れるな。俺が隣にいる」
「はい……」
その一言が、冷えた空気の中で灯のように心を温めた。
王宮へ続く大理石の階段を上る途中、年老いた文官が出迎えに現れた。
「辺境伯閣下、よくぞ参られた。陛下はお待ちでございます」
その言葉には表面上の礼があったが、声の底には計算の冷たさが滲んでいる。
文官の目がリリアナに向けられる。
「……夫人もご同行とは、珍しいことを」
「夫として呼ばれた以上、妻が共にあるのは当然でしょう」
アルフレッドの一言で、文官は口をつぐんだ。
王宮の中は静謐だった。
天井まで届くステンドグラスには、かつての王たちの姿が描かれている。
その中央、最も古い一枚に――灰色の瞳をした青年の王がいた。
リリアナは思わず足を止める。
「……この方は?」
「初代国王エルディン。百五十年前の王です」
文官が淡々と答える。
「王家の血筋は彼の子孫に連なる。灰の瞳を持つ者こそ王の証とされています」
灰の瞳。
その言葉が、リリアナの胸に突き刺さる。
隣に立つ男の瞳と、ステンドグラスの中の王が、あまりにも似ていた。
リリアナが顔を上げると、アルフレッドは一瞬だけ視線を逸らし、歩を進めた。
「……行こう」
短い言葉だったが、その背中には冷たい決意が宿っていた。
王座の間へと続く廊下の先、扉の向こうから微かな声が聞こえた。
「――ようやく、帰ってきたか。灰の王の血よ」
低く響くその声に、空気が一瞬で凍りつく。
リリアナの心臓が跳ねた。
アルフレッドの表情は変わらないが、その掌が小さく握り締められるのを彼女は見た。
扉が重く開かれる。
光の中に広がる王座の間。
その奥に座る王が、ゆっくりと立ち上がった。
年老いてはいるが、背筋はまっすぐで、瞳にはかつての王の肖像と同じ灰色が宿っている。
「……父上」
アルフレッドの声が、静かに落ちた。
その瞬間、リリアナの世界が静まり返る。
王都が、そしてこの物語が、まるで新しい頁を開いたように見えた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、王との対峙と、隠された過去の真実をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




