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第004話 ー白狼の誘いー

おかえりなさいませ。

本日は少し遠乗りをいたしました。

風の香りや大地の息吹も、

どうぞ物語と共にお楽しみくださいませ。

翌日の昼過ぎ、セレスティア伯爵家の門前に、一台の馬車が音もなく停まった。艶のある黒塗りの車体に、白銀の狼が浮かび上がる。陽を受けた紋章は、昨日の夜会で見た灰色の瞳を鮮やかに思い出させた。


 御者は無言で席を降り、恭しく封書を差し出す。封蝋は白狼、縁は深い刻印で囲まれ、押し方にも迷いがない。リリアナは手袋越しにそれを受け取った。蝋はまだ温かく、その温度が掌から腕へとゆっくり広がっていく。


 自室に戻り、机の上で封を割る。中から滑り出た羊皮紙には、短く一行。


――明朝、王都南門にて。遠乗りに同行願いたい。


 ただそれだけ。しかし読み返すたび、筆跡の端に残る力強さが胸を叩く。


「お嬢様……これは……」

 背後のエマが息を詰めたまま覗き込む。彼女は長年仕えてきたが、こんな簡素で力のある文は初めて目にしたようだ。

「招待でしょうね。辺境伯からの」

「それも、直々に……」

 エマの声は半分驚き、半分心配を含んでいた。リリアナは手紙をそっと机に置き、封蝋を指でなぞる。


 夜、窓の外に王都の灯りが瞬く。城壁を越えた向こうに広がる闇の中に、白狼の領地がある。見たことのない景色、聞いたことのない風の音。眠りに落ちるまで、封蝋の温かさが指先に残っていた。


 明朝、南門へ向かう馬車の中で、リリアナは息を整えていた。門の外には、栗毛の馬上にアルフレッドの姿があった。黒い軍装はきっちりと着こなされ、銀の肩章が朝日にきらめく。

「遅くはないな」

「……ええ」

 差し出されたのは落ち着いた気性の栗毛の馬。

「乗れるか」

「幼い頃に少しだけ」

「なら問題ない」

 彼はわずかに口角を上げ、手綱を渡した。


 城壁を抜けると、石畳が土道に変わり、靴底から伝わる振動も柔らかくなる。空は高く、冬の名残を含んだ風が頬を撫でた。道沿いの畑はまだ眠っているが、枝先には芽吹きが準備を始めている。


「ここから西は、私の領地と交易する村だ」

「王都からは遠いですね」

「距離は問題ではない。道が繋がっているかどうかだ」


 やがて村が見えてくる。石垣に囲まれた小さな家々からは薪の匂いが漂い、子供たちが駆け寄ってきた。アルフレッドは鞍から麻袋を下ろし、焼きたてのパンと干し肉を配る。子供たちは笑顔で受け取り、その小さな手は冷たくも力強い。

「冬は厳しい。余剰があれば隣に回す。それが辺境のやり方だ」

 リリアナはその光景を見つめ、王都で覚えた笑顔とは違うものが胸に広がるのを感じた。


 村を離れ、丘を登ると西の山脈が一望できた。雪を戴く峰々が幾重にも重なり、その向こうがグレイバーン領だという。

「……美しいですね」

「雪解けが早ければ豊作になる」

 アルフレッドは風の匂いを嗅ぎ、ふいに視線を向ける。

「リリアナ、王都はお前に何をくれる」

「……立場、でしょうか」

「それだけか」

「それしか……」

「なら、辺境はお前に何を返せるか、見に来い」


 帰路、馬の歩みはゆっくりだった。夕陽が城壁を染める頃、彼が低く言った。

「明日、正式に招く。支度をしておけ」

 振り向けば、灰色の瞳はすでに前を見据えていた。


 別れ際、彼は短く一言だけ残す。

「王都の光に背を向ける覚悟があるなら、来い」

 その声は、夕闇の中で確かに彼女の胸に残った。

今宵もお付き合いくださり、

誠に光栄にございます。

次回はさらに遠くへ足を伸ばしてまいりますので、

どうぞお心の支度をお整えくださいませ。

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