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姉に婚約者を奪われた令嬢、辺境伯の最愛の妻になって王都を見返す  作者: 影道AIKA


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第039話 ー宿場の影ー

おかえりなさいませ。本日は宿場町での刺客襲撃と、闇を越える誓いをご覧いただきます。冷たい月光の中に揺るぎなき絆を感じていただければ幸いにございます。

王都への道のりは長く、険しかった。

 春の風が吹いても雪はなお残り、峠の道はぬかるみ、馬車の車輪が泥に沈むたびに護衛たちが声を張り上げる。

 それでもアルフレッドの手綱は迷いなく、リリアナは揺れる車内で筆を握り、旅の記録を続けていた。


 「疲れていないか」

 ふいに声がして顔を上げると、アルフレッドがカーテン越しに覗き込んでいた。

 「ええ、閣下こそ。外は冷たい風でしょう」

 「風より厄介なのは、人の動きだ」

 低い声の中に、警戒の色があった。


 その言葉の意味を理解したのは、その日の夜だった。


 峠を下り、宿場町に入った頃には夕陽が沈み、橙の灯が街路を照らしていた。

 古びた宿の前で馬を止めると、宿主が慌てて駆け寄る。

 「お、お泊まりですかい? 辺境の方々は珍しい……」

 その声の奥に、どこか怯えが混じっていた。

 アルフレッドは短く頷き、護衛に周囲の警戒を命じる。

 「この宿場は王都へ通じる最短路だ。見張りを二重にしろ」


 リリアナは荷を解き、窓の外を見た。

 春を迎えるはずの夜空には、月が雲に隠れ、街の明かりがやけに少なく感じられる。

 ――静かすぎる。

 その胸騒ぎは、わずか数刻後に現実となった。


 夜半、廊下を渡る足音。

 リリアナは寝台の上で目を覚ました。隣室から、鉄のきしむ音がした。

 次の瞬間、扉が開き、黒衣の影が滑り込んでくる。

 「奥方様――!」

 護衛の叫びと同時に、剣が光を裂いた。

 鋭い金属音が響く。

 リリアナは咄嗟に灯りを掴み、部屋の外へ駆け出す。廊下には数人の刺客が倒れ、その中央に立つアルフレッドの背が、月光に照らされていた。


 灰色の瞳が、闇よりも冷たく光っている。

 「……王都の犬どもが」

 その声には怒りではなく、凍てついた静寂が宿っていた。

 刃が振るわれるたび、影が崩れ落ちていく。

 やがて最後のひとりが膝をつき、短い悲鳴を残して沈黙した。


 リリアナは駆け寄り、息を切らせて問いかける。

 「閣下、お怪我は――」

 「かすり傷だ。お前は」

 「無事です……護衛が庇ってくれました」

 リリアナの声は震えていた。恐怖ではなく、彼の背中があまりに強く、遠く感じられたから。


 アルフレッドはゆっくりと剣を拭い、鞘に納める。

 「王都は本気で俺を消そうとしている。召喚は罠だ」

 「……それでも、行くのですか」

 「行く。行かねばならん。――民のために、この嘘を正さねばならない」


 リリアナは静かに頷いた。

 その瞳には、恐れの代わりに確かな意志が宿っている。

 「ならば、わたくしも共に。閣下が誰であっても、何を背負っていても。……あなたが帰る場所は、このわたくしの隣です」


 アルフレッドはしばし言葉を失い、そして微かに笑った。

 「……強くなったな」

 「閣下が教えてくださったのです」

 「俺が?」

 「“守られるばかりではなく、並んで立て”と」

 その言葉に、彼の瞳が優しく揺れる。


 やがて外の風が窓を叩き、雲が流れて月が姿を見せた。

 戦いの跡を照らす淡い光の下で、リリアナは胸に手を当て、深く息を吸った。

 恐怖よりも強い何か――それは確信。

 王都が何を仕掛けようとも、この人となら越えられる。


 夜が静まり返る頃、アルフレッドが低く呟いた。

 「……王都へ急ぐぞ。奴らが焦って動いたということは、何かを隠している」

 「真実を、暴きに行くのですね」

 「そうだ。そして終わらせる」


 馬の嘶きが夜を裂き、宿場町の灯が背後で遠ざかっていく。

 リリアナは窓から外を見つめ、静かに呟いた。

 「――もう逃げる物語ではないのね」

 彼女の声に、アルフレッドは頷き、手綱を握り締めた。


 夜風の中、王都への道が再び続いていた。

最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、王都目前の陰謀と、隠された真実への第一歩をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。

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