第038話 ー召喚状ー
おかえりなさいませ。本日は王都への召喚、そして夫婦の誓いの旅立ちをご覧いただきます。寒風の中に燃える灯火を、どうぞ胸にお納めくださいませ。
春の風がようやく雪の香りを薄め始めた頃、王都からの封書が届いた。
封蝋には王家の紋章――双頭の獅子。誰の目にも明らかな“命令”の印だった。
マティアスが封を切る手を震わせながら、震え声で読み上げる。
「――辺境伯アルフレッド・アーデンを、王都評議会に召喚する。
理由、王都財務および治政に関する報告聴取のため。期日は十五日以内」
広間に重苦しい沈黙が落ちる。
“聴取”という言葉が、ただの形式ではないことを誰もが理解していた。
リリアナは胸の奥で何かが崩れる音を聞いた。
「……行かれるのですか」
絞り出すような声。
アルフレッドは封書を握りつぶすように指先を丸め、灰色の瞳を伏せた。
「避ければ逆に罪を濡れ衣のように被せられる。行かねばならん。――だが、王都は罠だ」
「閣下を呼び出すための口実……?」
「ああ。恐らく“血”の件を問いただすつもりだ」
灰色の瞳が冷たく光を宿す。その瞳を見て、リリアナは胸の奥に決意が芽生えるのを感じた。
「では、わたくしも共に行きます」
「危険だ」
「知っています。それでも、閣下の隣で真実を見たいのです」
アルフレッドは息を呑み、彼女を見つめた。
義務で始まった婚姻。その妻が、今は己の意志で同じ道を選ぼうとしている。
胸の奥に熱が走る。
「……お前を巻き込むわけにはいかぬ」
「巻き込まれるのではありません。並んで歩むのです。閣下がこの地を守るように、わたくしも閣下を守ります」
リリアナの瞳には、迷いはなかった。
沈黙ののち、アルフレッドは小さく笑った。
「……分かった。ならば共に行こう。俺一人で立つより、百倍心強い」
その声には、戦場へ向かう覚悟と、誰にも見せなかった安堵が混じっていた。
夜、回廊を歩く二人の影が月明かりに伸びる。
遠くで風が唸り、王都への道を思わせるように冷たく吹き抜けていた。
リリアナは歩きながら、そっと口を開く。
「……閣下。もし王都で何があっても、わたくしは信じます。どんな過去をお持ちでも」
「それを聞いて、俺は少しだけ救われる」
アルフレッドの手が彼女の手に重なる。
「お前がいてくれるなら、どんな玉座の影でも越えられる」
彼の指先は熱を帯び、リリアナの手を包み込んだ。
冷たい夜風の中、その温もりだけが現実だった。
翌朝、旅支度が始まった。
マティアスは静かに頷き、護衛の手配を進める。
「王都の目は厳しい。道中も決して油断なされぬように」
「分かっている。……この地はお前たちに任せる」
アルフレッドの言葉に、家臣たちが深く頭を下げた。
馬車に荷を積む音が響く中、リリアナは城館を振り返る。
かつて“居候”と呼ばれた場所。
今は“帰る場所”となったこの地を、いつか必ず守り抜くと誓いながら。
そのとき、空から舞い落ちた一枚の羽が、風に乗って足元へ転がった。
白く、柔らかい羽――まるで天が見守るように静かに光っていた。
リリアナはその羽を拾い上げ、胸にそっと押し当てる。
「行きましょう、閣下」
アルフレッドは頷き、手綱を握った。
「この旅の果てで、真実を終わらせる」
馬車の車輪が雪解けの道を踏みしめ、ゆっくりと動き出した。
王都までの長い道のり。その先に待つのは、過去か、未来か――
リリアナは瞳を閉じ、隣の温もりを確かめた。
そして小さく囁いた。
「……あなたの義務を、今度はわたくしの願いに変えてみせます」
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、王都への道中で交わされる言葉と、再び動き出す陰謀をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




