第033話 ー揺れる心ー
おかえりなさいませ。本日は王家の血の影に揺れる奥方と、隠された真実を抱える閣下の姿をご覧いただきましす。雪の静寂に灯る誓いを、どうぞ胸にお納めくださいませ。
雪が再び降り積もり、城館の回廊は白い光に包まれていた。静かな景色とは裏腹に、リリアナの胸は波立ったままだった。
(……王家の血。あの使者が言った言葉……閣下は、どうして黙ったままなの)
晩餐の席も、いつもの温かさは感じられなかった。アルフレッドは無言で食事を取り、灰色の瞳は書類の山を見据えている。リリアナは胸の奥が締めつけられるように痛み、フォークを持つ手が震えた。
やがて、堪えきれずに声を洩らした。
「……閣下。今回の使者の言葉、わたくしは忘れられません」
アルフレッドの手が一瞬止まり、瞳が彼女に向けられた。冷たくも静かな光を宿すその視線に、リリアナは小さく息を呑む。
「王家の血など、くだらぬ噂だ」
「ですが……なぜ、否定なさらなかったのですか」
思わず身を乗り出す。声が震えていた。
「皆の前で、はっきりと否定してくだされば、わたくしも……」
言葉は途中で途切れた。胸の奥から湧き上がるのは、不安でも疑念でもなく――彼が何を抱えているのかを知りたいという強い思いだった。
アルフレッドは深く息を吐き、視線を落とす。
「……お前を巻き込みたくはなかった」
その声は低く、わずかに苦味を帯びていた。
「王都が辺境を圧迫するのは資源だけのためではない。俺自身の存在が……奴らにとって脅威だからだ」
リリアナの心臓が大きく跳ねる。
「やはり……噂は……」
「だが、俺は王位も権力も要らぬ。ただこの地を守り、領民を飢えさせぬために剣を振るう。それが俺の全てだ」
その言葉は強く、揺るぎなかった。けれどリリアナの胸の奥には、説明しきれない影が残った。彼が黙って抱え込んでいる何か――それを知らぬまま、隣に立ち続けられるのか。
晩餐の後、執務室で帳簿を広げていると、背後から椅子を引く音がした。アルフレッドが隣に座り、静かに帳簿を覗き込む。
「手が震えているな」
「……申し訳ありません。動揺を隠しきれませんでした」
リリアナは俯き、声を絞り出した。
「けれど……隣に立つと誓ったのです。真実がどれほど重くても、逃げたりはいたしません」
その言葉に、アルフレッドの灰色の瞳がわずかに揺れる。次の瞬間、彼の大きな手がリリアナの手を覆った。
「ならば……その言葉を信じる」
冷たい指先から伝わる熱は、雪の夜を溶かすように温かかった。
リリアナは胸の奥で強く願った。
(たとえ真実がどんなものであっても――必ず、この人と共に歩む)
窓の外では雪が降りしきり、白い闇が広がっていた。だがその闇の中で、二人の間に灯る炎は揺らぐことなく燃え続けていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、王都が仕掛けるさらなる圧力と、夫婦が共に選ぶ道をお届けいたします。どうぞお楽しみにお待ちくださいませ。




