第031話 ー揺らぎを鎮める声ー
おかえりなさいませ。本日は裏切りの余波を鎮める奥方の声をご覧いただきます。冷たい噂を越える温もりを、どうぞ胸にお納めくださいませ。
王都の間者が潜んでいたという噂は、翌日には領都の隅々にまで広がっていた。市場では人々が顔を寄せ合い、「城館に裏切り者がいたらしい」と囁き合う。鉱山では親方が怒声を張り上げ、孤児院では子どもたちが不安げに院長の裾を掴んで離れようとしなかった。
城館の大広間に領民の代表が集められた。誰もが落ち着かず、ざわめきは止まらない。リリアナは壇上に立ち、胸の奥で鼓動の速さを感じながらも深く息を吸った。
「確かに裏切りはありました。ですが――未然に防がれました」
広間が静まり返る。彼女は真っすぐに人々を見渡し、言葉を重ねた。
「閣下はすべてを見抜いておられました。数字の偽りも、人の目の揺らぎも。皆さまが恐れる必要はありません。城館は揺らいでいません」
沈黙の中、孤児院の院長がゆっくりと頷いた。
「奥方様の仰る通りです。あの灰色の瞳に誤魔化しは通じません。ならば、我らも惑わされずに歩めばよいのではないでしょうか」
その言葉に人々の顔が和らぎ、やがて拍手が広がった。ざわめきは次第に力強い声に変わり、広間に温かさが満ちていく。
壇を降りたリリアナの肩に、アルフレッドがそっと手を置いた。
「……よくやったな」
「皆を安心させられたでしょうか」
「十分だ。俺の言葉より、お前の声の方が心を鎮める」
低い声に、胸の奥が熱くなった。義務から始まった関係は、少しずつ確かな信頼に変わっていた。
その夜。机に向かったリリアナは、今日の記録を紙に残した。
「影は消えない。だが、揺らぐ心を支える声があれば、民は再び歩き出せる」
窓の外では雪が月明かりを受け、銀色に輝いていた。その光は揺らぎなく、城館の灯と共に領地を照らしていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、王都からの新たな圧力と夫婦の絆をさらに深める場面をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




