第030話 ー影を見抜く眼ー
おかえりなさいませ。本日は王都の間者の影と、それを見抜く灰色の瞳をご覧いただきます。冷たい闇を裂く眼差しを感じていただければ幸いにございます。
王都からの圧力を退けた数日後、領都は一見穏やかに見えていた。市場では取引が戻り、孤児院からも子どもたちの笑い声が響いている。だが、アルフレッドの灰色の瞳は常に冷ややかに光り、決して油断を許してはいなかった。
その日の午後、城館に仕える若い書記が新しい帳簿を抱えて執務室に入ってきた。彼はいつもより声が高く、やけに急いで報告を並べ立てる。
「……今月の収支は赤字です。供出兵の準備も遅れており、このままでは――」
早口にまくしたてるその声に、リリアナは違和感を覚えた。帳簿の数字は彼女が昨日まとめたものと明らかに違っていたのだ。
「おかしい……昨日の数字と合いません」
書記の顔が一瞬引きつる。その刹那、アルフレッドが低い声で告げた。
「その帳簿は偽物だ」
広間に冷たい緊張が走る。灰色の瞳が鋭く書記を射抜いた。
「王都の手先か。ここに潜ませるとは、浅はかな」
書記は蒼白になり、膝を折った。
「なぜ、分かったのですか」
リリアナが息を呑んで尋ねると、アルフレッドは淡々と答えた。
「数字は裏切らぬ。お前が記した昨日の帳簿と矛盾していた。……そして、俺は人の目を見れば心の揺らぎが分かる」
灰色の瞳が細められ、書記を見下ろす。
「俺の家を惑わせる者を許すつもりはない」
その声音に、執務室にいた全員が震えた。だがリリアナの胸には、恐怖よりも強い安堵が広がっていた。彼は常に気づき、守っている――その確信が心を支えたのだ。
裏切りの芽は未然に摘み取られた。だが、王都が本格的に間者を送り込むほど、この戦いは容易ではないことを意味していた。
夜、リリアナは日記に記す。
「影を見抜く眼がある。隣に立てば、恐れは力に変わる」
外の雪は深く積もっていた。けれど城館の窓から漏れる灯は、確かに凍える影を退けていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、裏切りの余波と領内を守るための新たな策をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




