第026話 ー雪を越える道ー
おかえりなさいませ。本日は雪に閉ざされた領地で道を拓くお二人の姿をご覧いただきます。白い嵐の中に燃える絆を感じていただければ幸いにございます。
雪は止む気配を見せず、領内の道は厚い白に覆われていた。馬車の車輪は埋まり、村と村を繋ぐ街道はほとんど閉ざされている。市場からは「粉が届かぬ」「干し肉が足りぬ」と悲鳴が上がり、孤児院からも薪不足の報せが届いた。
執務室には寒気が忍び込み、机の上の帳簿に雪解け水のしみが落ちる。リリアナは唇を噛みしめながら数字を追い、紙の端に赤線を走らせた。
「港の倉庫にまだ保存食が残っています。けれど……雪で道が塞がれ、村まで運べません」
「ならば、道を開ける」
アルフレッドは地図を指し、灰色の瞳を細めた。
「騎士と作業員を動員し、最小限の街道を切り開く。村ごとに“結び道”を作るのだ」
「結び道……?」
「本街道ではなく、短い迂回路を繋げる。細くとも道があれば命は繋がる」
彼の指先が地図を走り、いくつもの小道が描き足されていく。リリアナは息を呑み、すぐに帳簿を抱えて立ち上がった。
「わたくしも同行します。村ごとの需要を確かめ、必要な分を直接割り振ります」
「雪に飲まれるぞ」
「それでも……共に歩むと誓いました」
短い沈黙の後、アルフレッドの肩がわずかに揺れる。
「……ならば、俺の馬に共に乗れ。雪に足を取られては意味がない」
翌朝、吹雪の中を二人は馬に跨り、従者を従えて進んだ。雪煙が舞い、頬を刺す冷気に思わず身を縮める。だが、アルフレッドの外套が肩にかかり、その腕がしっかりと支えていた。
「寒さに負けるな。前を見ろ」
「……はい」
馬の背から見る村々は白い海に浮かぶ島のようで、孤立の危うさが胸に迫った。
最初の村に到着すると、凍える人々が駆け寄った。干し肉も粉も底を尽きかけ、子どもたちの頬はこけている。リリアナは帳簿を広げ、商人や母親たちに声をかけた。
「必要なのは粉と薪ですね。港から粉を、鉱山から木材を。二日で届くように手配します」
その場で物資を割り振り、赤い線を帳簿に記す。アルフレッドはそれを見て短く頷き、騎士たちに命じた。
「二日で切り開け。命を最優先にせよ」
夕暮れ、雪原を戻る馬上で、リリアナは疲労に揺れながらも、帳簿を抱きしめていた。
「……わたしにできることは、小さな線を引くことだけです」
「その線が人を生かす。小さな線が道になる」
アルフレッドの声は低く、だが確かに温かかった。
「……お前は俺の隣で道を拓く者だ」
胸が熱くなり、雪よりも白く光る涙がこぼれそうになった。リリアナは唇を結び、強く頷いた。
「……共に、必ず」
雪の嵐は続く。だが、二人の歩みは止まらなかった。義務の婚姻から生まれた絆は、確かに道を切り開いていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、雪を越えた先に待つ王都からの新たな影をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




