第025話 ー雪の灯ー
おかえりなさいませ。本日は雪の中で支え合うお二人の姿をご覧いただきます。白い静寂に燃える灯を、どうぞ胸にお納めくださいませ。
夜明けとともに窓の外は白一色に覆われていた。降りしきる雪は音を消し、領都は静寂に包まれている。市場も港も人影が少なく、町はまるで眠っているかのようだった。
リリアナは厚手の外套をまとい、孤児院へ向かって歩いた。雪を踏むたびに靴底がきしみ、冷気が頬を刺す。だが、子どもたちの笑顔を確かめるためなら、足取りは軽くなる。
「リリアナ様!」
庭で雪遊びをしていた子どもたちが駆け寄り、凍った指先を彼女の手に重ねる。冷たさが伝わった瞬間、胸の奥がぎゅっと熱くなった。
「こんな寒さでも、皆は元気ですね」
「火鉢をいただけたから!」
院長が笑いながら奥から出てきた。炭屑を固めた燃料が役に立ち、孤児院の室内は温かさを保っているのだ。
帰り道、雪に足を取られかけた瞬間、力強い腕が彼女を支えた。
「無理をするな」
アルフレッドだった。外套に積もった雪を軽く払う仕草さえ、冷たい空気の中では温かかった。
「……ご心配をおかけしました」
「夫人が倒れれば、領も揺らぐ。忘れるな」
言葉は冷たいようでいて、その灰色の瞳は確かに柔らかかった。
城館へ戻ると、執務室には村々から届いた帳簿が積まれていた。雪で道が塞がれ、物資の移動が滞り始めている。リリアナは帳簿を開き、真剣に数字を追った。
「道が閉ざされる前に食料を分配しなければ……」
「お前の判断に任せる。俺は雪かきを手配する」
そう言って部屋を出ようとしたアルフレッドを、思わず呼び止めた。
「……閣下。わたくしも共に参ります」
「寒さに震えてもか」
「ええ。共に立つと誓いましたから」
その言葉に、アルフレッドの瞳が静かに揺れた。やがて短く頷き、外套を差し出す。
「ならば、この外套を着ろ。俺のものだ。大きいが……温かい」
リリアナは袖に腕を通し、思わず顔を埋めた。ほのかな温もりと彼の気配が包み込む。胸が高鳴り、雪よりも熱を帯びていく。
夜、窓の外は吹雪に変わった。だが執務室の机には、並んで座る二人の灯があった。ろうそくの炎が雪明かりと重なり、白と赤が揺れる。リリアナは帳簿を閉じ、小さな声で呟いた。
「……雪の夜も、隣にいれば怖くありません」
アルフレッドは返事をしなかった。ただ彼の掌がそっと彼女の手を包み、炎の温もりより確かな熱を伝えた。
義務で始まった婚姻。けれど、雪の灯の下で芽生えたものは、もう義務ではなかった。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、雪に閉ざされた領地を救うための新たな策をお届けいたします。どうぞお楽しみにお待ちくださいませ。




