第022話 ー夫婦の試練ー
おかえりなさいませ。本日は夫婦となって初めての試練をご覧いただきます。外からの圧力に並び立つ姿が、より一層の強さを帯びてまいります。
婚姻の布告から数日。領内は落ち着きを取り戻したかのように見えたが、穏やかさは長くは続かなかった。港から届いた報告書には、羊毛を積んだ船が王都の検問に引き止められ、積荷を半ば没収されたと記されていたのだ。
「王都は本気でこちらを締め上げるつもりだな」
執務室で報告を読み上げるアルフレッドの声は冷静だが、灰色の瞳の奥には怒りの火が揺らいでいた。
「……船員や商人たちはどうなるのですか」
リリアナが身を乗り出すと、書記が答える。
「王都の役人に逆らえば牢へ、と。恐れから口を閉ざす者も増えております」
その言葉にリリアナは胸を締めつけられる思いがした。婚姻によって立場を得たとはいえ、王都の圧力は容赦がない。このままでは領民の暮らしそのものが揺らいでしまう。
「だからこそ――」
アルフレッドは机に広げた地図に指を走らせた。
「領地内で完結する流通網を強める。港に頼らず、鉱山と市場、村と孤児院を直接結ぶ道を整える」
「道を……?」
「荷が海を越えられぬなら、陸で回せばいい」
その言葉は大胆だったが、確かに筋が通っていた。リリアナは迷わず頷いた。
「ならばわたくしは市場の帳簿を調べ、村ごとの需要を洗い出します。どの村が何を必要としているか分かれば、無駄なく回せるはずです」
アルフレッドの視線が彼女に注がれる。冷たいはずの灰色の瞳が、一瞬だけ温かさを帯びた。
「よく言った。……共にやるぞ」
その日の午後、二人は並んで市場へ赴いた。行商人たちは不安げに迎えたが、リリアナが笑みを向けると少しずつ声を上げ始めた。
「冬に必要なのは毛布よりも干し肉だ」
「粉にする穀物が足りないんだ」
彼女は一つ一つ聞き取り、紙に記していく。その姿に人々の表情が和らいでいった。
「……お前がいるだけで、空気が変わるな」
市場を後にする時、アルフレッドがぽつりと呟いた。
「わたくしなど、まだ学ぶことばかりです」
「学ぶ気がある者は強い。俺はそれを信じる」
夜。帳簿に向かい、リリアナは震える手で今日の記録をまとめた。王都の圧力は恐ろしい。だが、二人で立ち向かえば乗り越えられる――そう思える一日だった。
「夫婦としての試練……これは始まりにすぎない」
ペンを置いた瞬間、窓の外で風が唸りを上げた。冬の嵐はすぐそこまで迫っていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、この嵐の中で新たに芽吹く絆をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




