第021話 ー新たな朝ー
おかえりなさいませ。本日は義務婚の翌朝、夫人としての一日をご覧いただきます。まだ揺れる心に、確かな歩みが始まっております。
婚姻の布告と迎え火の儀から一夜明け、城館の空気はどこか柔らかく変わっていた。夜通し燃え続けた炎の余韻が残り、領民の顔には安堵の笑みが浮かんでいる。長く続いた噂も、「正式に夫人となった」という事実の前では力を失っていた。
リリアナはまだ胸の奥に熱を抱えたまま、城館の窓辺に立っていた。昨夜、炎の中で交わした言葉――「義務のままでは終わらせぬ」。その響きが何度も思い出される。
「……閣下」
呟きは小さく、それでも頬が熱を帯びた。
朝食の卓に座ると、マティアスが杖を軽く床に打った。
「リリアナ様、今朝からは正式に“辺境伯夫人”としてお仕えいたします。どうぞ堂々と振る舞われますよう」
その言葉に胸が少し震えた。これまでは客人として遠慮していた席に、今は当然のように座っている。執事の言葉が告げる変化は、確かな現実だった。
食事を終えたあと、アルフレッドが執務室に呼んだ。机の上には港や鉱山の新しい収支報告が並べられている。
「今日からは夫人として、これらに目を通すのも役目の一つだ」
「……わたくしに、できるでしょうか」
「できる。昨日までと同じように、人の暮らしを見て記せばいい」
灰色の瞳は冷静だが、その奥に揺らめく光は優しかった。リリアナは頷き、帳簿を手に取った。
午後、孤児院を訪れると、子どもたちが庭で迎え火の真似をしていた。小さな石を円に並べ、中央に小枝を置いて火のふりをする。
「リリアナ様、ご結婚おめでとうございます!」
子どもたちの声に、胸が温かく満たされた。院長も目尻を細めて言う。
「正式に夫人となられたのですね。これで子どもたちも、もっと安心できましょう」
「はい。もう迷いません。この地の一員として、共に歩みます」
言葉に自らの覚悟を込めた。義務から始まった婚姻だが、それは確かに心を動かす力を持っていた。
夕暮れ、回廊を歩いているとアルフレッドが声を掛けてきた。
「今日一日、どうだった」
「まだ実感が追いつきません。でも……皆の笑顔を見て、良かったと思いました」
彼は短く頷き、そしてほんの僅かに表情を和らげた。
「それで十分だ。お前がそう思うなら、この家は強くなる」
リリアナは胸に灯る小さな炎を確かめるように深く息をついた。義務の婚姻は、いつしか確かな絆へと変わり始めていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、夫婦として迎える最初の試練をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




