第019話 ー姉の影ー
おかえりなさいませ。本日は姉セレナの影が濃く差す場面をご覧いただきました。理不尽な言葉にこそ、強い誓いが芽生えるものでございます。
市場の騒動が収まった数日後、城館に一通の書簡が届けられた。封蝋にはリリアナが見慣れた紋章――姉セレナの実家のものが押されている。胸の奥がざわつき、思わず息を詰めた。
封を切ると、端整な文字が並んでいた。だが内容は、冷たさを通り越して薄気味悪いほどの軽蔑に満ちていた。
『辺境に居候するだけで恥を晒すなど、妹として情けない。
妹は姉を引き立てる役でしかないのに、己が目立とうとするなど愚の骨頂。
辺境伯閣下も、いずれ真実に気づかれるでしょう。あなたは“妹”という名の飾りにすぎぬのですから』
文字を追うほどに、胸に黒い棘が突き刺さる。理屈などない。ただ“妹だから”という理由だけで否定され続ける。その狂った価値観は、子どもの頃から変わらなかった。
「リリアナ様……」
傍らで控えていたエマが心配そうに声を掛ける。
だがリリアナは震える手で書簡を畳み、机の引き出しに収めた。
「……大丈夫。今さら驚くことではないわ」
その夜、アルフレッドに呼ばれ執務室へ向かうと、彼の手元にも同じ文が届いていた。
「お前にも送られていたな」
灰色の瞳が鋭く光り、机に置かれた手紙を押さえる。
「妹は姉を引き立てる役でしかない、か……くだらん」
声は静かだが、空気を震わせるほどの怒気が滲んでいた。
「……わたくし、どうすればよいのでしょう。何をしても“妹だから”と否定されるのなら」
問いかける声がかすれた。だがアルフレッドは一歩近づき、低く言った。
「否定に意味はない。お前が立つ場所は、俺の隣で良い。妹でも飾りでもない。――俺の隣に立つ者として堂々としていればいいんだ」
その一言に、胸の奥に張り詰めていたものが溶け落ちていくのを感じた。涙が込み上げそうになるのを堪え、リリアナは深く頭を垂れた。
「……はい」
窓の外では風が強まり、厚い雲が月を隠していた。嵐は近い。だが彼の隣にいる限り、怯える必要はない。
机に向かい、リリアナは日記に記した。
「妹であることを理由に否定されても、隣に立つことは許された。……ならば、もう迷わない」
その文字は、次に訪れる大きな決断の前触れでもあった。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻はいよいよ大きな決断、婚姻の布告へと進みます。どうぞお楽しみにお待ちくださいませ。




