第017話 ー王都の使者ー
おかえりなさいませ。本日は王都の使者との緊張の一幕をご覧いただきました。冷たい声の奥に、確かな庇護の光を感じていただけましたら幸いにございます。
議場での布告から数日後、城館の門に王都の紋章を掲げた馬車が止まった。降り立ったのは、緋色の外套を纏った若い使者。整えられた髪に冷たい眼差し、口元には終始小さな笑みが浮かんでいるが、そこに温かさはなかった。
「辺境伯閣下にお目通り願いたい」
彼は礼を取ったが、声は高慢だった。執務室に通されると、持参した文を机に置き、ゆっくりと広げる。
「王都は今回の関税に加え、羊毛と鉱石の出荷制限を正式に定められました。……辺境が“過剰に”利益を得ていると見なされたゆえです」
重苦しい空気が流れた。マティアスの眉が動き、書記たちが顔を見合わせる。リリアナは胸の奥に冷たい波が広がるのを感じた。
「……不当です。暮らしを守るための出荷を“過剰”と呼ぶのは――」
彼女の声を遮るように、使者は笑った。
「おや、奥方殿ではなかったはず。辺境伯の“庇護を受ける令嬢”が、随分と声をお上げになる」
その言葉は、刃を柔らかく包んだ毒だった。場の空気が凍りつく。リリアナは喉に言葉を詰まらせる。確かに、彼の言葉には王都の噂が反映されていた。
だが次の瞬間、アルフレッドが低く口を開いた。
「口を慎め」
灰色の瞳が鋭く光り、使者の笑みを射抜いた。
「彼女は辺境伯家の庇護下ではない。この家の柱の一つとして、俺と共に立っている」
声は落ち着いていたが、石壁に重く響いた。使者の笑みがわずかに引きつる。
「……しかし、正式な婚姻が交わされていない以上は」
「形式は時に遅れるものだ。だが、事実はすでに揺るがぬ」
アルフレッドは淡々と告げ、机の上の書簡を指で押さえた。
「関税も制限も承知した。だが、我らが暮らしを止めることはない。……王都にそう伝えよ」
使者は不満げに唇を噛み、礼をして退いた。足音が遠ざかると、室内に張り詰めていた空気がほどける。
「……わたくし、言い返せませんでした」
リリアナが俯くと、アルフレッドは一歩近づき、静かに言った。
「言葉は剣だ。抜く時を誤れば相手を利する。今日のお前の沈黙は弱さではない」
「……でも」
「俺が言った。だから十分だ」
その灰色の瞳に、わずかな熱が宿っているのをリリアナは見逃さなかった。義務だけで隣に立っているのではない――その確信が、小さく胸に芽生えた。
夜。リリアナは机に向かい、今日の出来事を記した。
「形式よりも事実。……それを支える力にならなければ」
灯火が揺れ、窓の外では冷たい風が町を撫でていた。揺さぶりは続く。だが、胸の火は消えなかった。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、領地での小さな事件を通じて芽生える絆をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




