第016話 ー布告の場ー
おかえりなさいませ。本日は公の場にて並び立つお二人の姿をご覧いただきました。冷たい石壁の広間にも、確かな温もりが芽吹いたかと存じます。
翌朝、領都の議場には人々が集まっていた。石造りの大広間は天井が高く、冬の冷気をそのまま抱え込んでいる。商人、鉱山の親方、孤児院の院長、そして町の代表者たち――皆が一斉に中央の壇へ視線を向けた。
壇上にはアルフレッドが立っていた。灰色の瞳は冷静に、だが揺るぎなく人々を見渡す。その隣に並ぶリリアナの姿に、ざわめきが広がった。
「奥方ではないのに……?」
「辺境伯様のすぐ隣に?」
ひそひそ声は抑えられていたが、耳に届くには十分だった。リリアナは胸の奥に小さな痛みを覚えたが、背筋を真っすぐに伸ばした。彼の隣に立つ以上、迷いは許されない。
アルフレッドは杖を持つマティアスに合図し、場内に静けさが落ちる。
「領民よ。王都の査閲は去ったが、揺さぶりは続くだろう。新たな税、関税、噂――それらは我らを弱らせるためのものだ」
彼の声は石壁に響き、冷気を震わせた。
「だが、我らは揺るがぬ。港も鉱山も市場も、命を守る規則を持ち、笑う日常を積んでいる。数字も、暮らしも、すべてはここにある」
言葉に合わせて、リリアナが帳簿を掲げた。孤児院の物資支出、鉱山の休憩規定、市場の出入り。紙に刻まれた数字は、人々の目に確かな形を与えた。
「わたくしは見ました。市場で俵を支える人々を。孤児院で笑う子どもたちを。鉱山で呼吸を整える作業員を。これらは数字の裏にある日常です」
声が震えそうになるのを抑え、彼女は言葉を継いだ。
「王都の噂がどうであれ、この地は“当たり前”を積み上げることで強くなれると、そう信じています」
場内のざわめきはやがて静まり、代わりに誰かが手を打つ音が響いた。孤児院の院長だった。その拍手が波紋のように広がり、次々と音が重なる。
「……おお」
「そうだ、俺たちの日常を守るのはここなんだ」
人々の目に迷いは消え、壇上に立つ二人をまっすぐに見ていた。
その夜。議場から戻った城館の回廊で、リリアナは深く息をついた。
「……わたしで良かったのでしょうか。皆の前で隣に立つなど」
「良いも悪いもない」
アルフレッドは足を止め、灰色の瞳で彼女を見た。
「俺が選んで隣に立たせた。揺さぶりが来ると分かっている以上、示さねばならぬことがある」
「示す……?」
「俺の隣に誰が立つかを、だ」
短い言葉だったが、胸に熱が広がった。義務のようでいて、義務だけではない。そんな気配がその瞳にはあった。
リリアナは両手を胸の前で重ね、灯火の揺らぎを見つめた。
「……ならば、わたくしは明日も隣に立ちます」
返答はなかった。ただ、彼の横顔がわずかに和らいだように見えた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。次の刻は、王都からのさらなる波が押し寄せる様をお届けいたします。どうぞご期待くださいませ。




