第116話 ー焦りの正体ー
おかえりなさいませ。
本日は、王妃派の内側で露わになった焦りの理由をお届けいたします。
王妃の居室には、午後の柔らかな光が差し込んでいた。
円卓を囲むのは、王妃派とされる夫人や令嬢たち。
誰も声を張り上げない。
だが、沈黙の長さが、いつもと違っていた。
「……噂が、広がっておりませんわね」
最初に口を開いたのは、若い伯爵夫人だった。
断定を避けた言い回しだが、同意を求める視線が王妃へ向く。
「ええ。否定も反発もなく……話題として定着していないようです」
「確認が回った、と聞きましたわ」
王妃は扇子を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「事実関係の整理、でしょう」
それ以上の説明は要らなかった。
ここにいる者たちは皆、理解している。
噂を潰されたのではない。
立つ場所を、消されたのだ。
「反論させず、弁明もさせず……」
「辺境伯らしいやり方ですこと」
誰かが苦々しく言う。
王妃は静かに視線を巡らせた。
「ええ。騒がせなければ、こちらは動きにくい。
噂が刃になる前に、柄だけを抜く……最も厄介な手です」
一瞬の沈黙。
「それに――」
王妃の声が、わずかに低くなる。
「夫人が、前に出ていない」
その一言で、空気が張り詰めた。
「守られている、ということですわね」
「しかも、露骨に、です」
王妃は否定しない。
「夫婦として並び、互いを補い合い、揺らがない。
王都の社交では最も崩しにくい形です」
だからこそ、厄介だった。
「分断も、誘導も、通じない。
付け入る余地が、見当たらないわ」
その言葉に、取り巻きたちの表情が硬くなる。
狙いを定められない。
揺さぶっても反応が返らない。
攻めれば、逆に正当性を与えかねない。
「……距離が、近すぎます」
誰かの呟きが、場に落ちる。
王妃は、静かに息を吐いた。
「ええ。想定より、ずっと」
感情を見せることはない。
だが、扇子を握る指先には、確かに力が入っていた。
「焦る必要はありません」
そう口にしながら、
その言葉が、自分自身に言い聞かせたものだと、王妃は理解していた。
◆
一方その頃。
リリアナは、その焦りを知ることもなく、
アルフレッドの隣を歩いていた。
言葉は少なく、歩調は揃っている。
ただそれだけで、
王都の視線は、自然と二人に向けられていた。
騒がず、弁明せず、崩れない。
王妃派が“異変”と気づいた時には、
すでに二人は、
崩せない位置に立っていた。
それこそが、
彼女たちの感じ取った、
本当の焦りの正体だった。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
崩せぬ形に気づいた時、人は初めて恐れを知るのかもしれません。




