第115話 ー触れない距離ー
おかえりなさいませ。
本日は、言葉にせずとも通じる距離の変化をお届けいたします。
王都の夕暮れは、どこか人の心を試すように静かだった。
宿へ戻る馬車の中、リリアナは窓の外を眺めていた。通り過ぎる街並みは見慣れたはずなのに、今はどこか他人行儀に見える。自分の居場所が、もうここではないと、無意識に理解しているからかもしれない。
「……王都にいると、少しだけ疲れますね」
独り言のような声だった。
アルフレッドは、すぐには答えない。馬車の揺れに合わせ、視線を外へ向けたまま、ほんの一拍置く。
「無理をしている自覚はあるか」
「はい。でも……放っておくわけにもいかなくて」
誰かの視線にさらされること。評価されること。慣れているはずなのに、以前とは違う重さがある。辺境伯の妻として見られる今、その重さは彼と共有するものになっていた。
「お前が前に出る必要はない」
アルフレッドの声は低く、だが柔らかい。
「俺がいる。だから、下がれ」
命令ではない。選択肢を奪う言い方でもない。ただ、そうしていいのだと、静かに示される。
リリアナは、少し驚いたように彼を見る。
「……それは、逃げではありませんか」
「違う」
即答だった。
「役割分担だ」
その言葉に、リリアナは思わず息を吐く。王都では、誰かに役割を預けることなど、ほとんどなかった。自分で耐え、自分で立つしかなかったから。
「……頼っても、いいのですね」
問いかけは小さかったが、意味は重い。
アルフレッドは、視線をこちらへ戻す。
「最初から、そのつもりだ」
それ以上の言葉はない。だが、馬車の中で流れる沈黙は、先ほどよりも穏やかだった。
リリアナは、ふと気づく。馬車が揺れるたび、彼の肩が、ほんのわずかに近い。触れてはいない。だが、離れてもいない。
(……この距離)
王都にいた頃には、なかったもの。
「辺境へ戻ったら……」
リリアナは、思いついたように口を開く。
「静かになりますね」
「そうだな」
「……それが、少し楽しみです」
その言葉に、アルフレッドの口元が、わずかに緩んだ。
触れないまま、距離だけが縮んでいく。
それは、王都の視線よりも確かに、
リリアナの心を支えていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
寄り添う形は様々ですが、触れない距離にも確かな温度がございます。




