第111話 ー届かなかった声ー
おかえりなさいませ。
本日は、静かに引かれた線が、
誰の声を内に残し、誰を外へ押し出したのかをお届けいたします。
噂は、思ったよりも早く足を失った。
茶会の翌日。
王都の社交の場では、
同じ話題が、同じ熱量で繰り返されることはなかった。
「……確認が回ってきましたわね」
「ええ。正式な婚約の記録は無い、と」
断定はされない。
だが、“筋”として語られていた物語は、
行き場を失っていく。
アルフレッドが回したのは、
事実だけを並べた整理文だった。
余白を埋める言葉は、ひとつもない。
その静けさが、
噂を語る者たちの舌を重くした。
◆
同じ頃、セレナは違和感を覚えていた。
いつもなら、
半日もあれば返ってくるはずの返書が、
届かない。
扇子を閉じ、
机に置かれたままの便箋を見る。
(……おかしいわ……)
自分は、
何も言っていないはずだ。
ただ、
“そう受け取られても仕方のない話”を
置いただけ。
それなのに、
王都の空気が、
こちらを避けるように動いている。
(……どうして……)
助け舟が来ない。
同調の囁きも、減っている。
代わりに聞こえてくるのは、
「確認が回った」という、
どこか距離のある言い回し。
“確認”。
それは、
味方が使う言葉ではなかった。
セレナは、
胸の奥が、じわりと冷えるのを感じる。
(……まだ……
まだ、取り返せる……)
そう思おうとするほど、
根拠が薄れていく。
◆
一方で、
リリアナは、
その変化を知らない。
窓辺で、
書類に目を通しながら、
ふと、顔を上げる。
「……王都、
今日は静かですね」
何気ない一言だった。
アルフレッドは、
その横顔を見て、
短く答える。
「そうだな」
それ以上、
何も付け加えない。
知らせないのは、
隠すためではない。
守るためだ。
リリアナが、
噂の重さを背負う必要はない。
今はまだ。
◆
その日の夕刻。
セレナの元に、
ようやく一通の返書が届いた。
短い文面。
丁寧だが、
温度はない。
――「事実関係が整理されました」
――「これ以上の言及は控えるのが賢明でしょう」
それだけ。
味方でも、
敵でもない。
ただの“距離”だった。
セレナは、
便箋を握りしめる。
(……届かなかった……)
自分の声が、
もう、
届く場所がないことを、
はっきりと理解してしまった。
王都の空気は、
今日も穏やかだ。
だが、
その穏やかさは、
誰にでも等しく与えられるものではなかった。
静かに引かれた線は、
確かに、
彼女を外側へと押し出していた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
語られぬまま失われる声もまた、王都の現実でございます。
次の刻では、その線を越えようとする動きが現れてまいります。




