第107話 ー歪んだ確信ー
おかえりなさいませ。
本日は、孤立の中で形を持ち始めた、
セレナの“確信”と、その危うさをお届けいたします。
セレナは、自室の窓辺に立っていた。
王都の通りは、今日も変わらず人で溢れている。
笑い声、馬車の音、行き交う噂。
それらは以前と同じはずなのに、
自分だけが外に置かれたような感覚があった。
(……わたくしは、間違っていない……)
何度目か分からない言葉を、胸の内で繰り返す。
王妃派の重鎮の態度が、
頭から離れなかった。
庇わなかった。
否定もしなかった。
ただ、距離を取った。
それが、何よりも残酷だった。
(……見捨てられたわけじゃない……
ただ、今は“静かにしていろ”というだけ……)
そう解釈しなければ、
自分の立つ場所がなくなる。
扇子を閉じ、
机に置かれた書簡に目を落とす。
差出人は、レーン伯。
昨夜、夜会の後に届いたものだ。
――「王都では、話の筋が変わりつつある」
――「だが、まだ“決着”ではない」
曖昧な文面。
だが、そこには確かに含みがあった。
(……そう……
終わってなんて、いない……)
セレナの脳裏に、
あの噂がよぎる。
――本来、辺境伯の妻になるのは、
セレスティア家の長女だった。
王妃派の茶会で、
半ば当然のように語られてきた話。
正式な婚約ではない。
だが、“空気”としては存在していた。
(……それを、
妹が横から壊した……)
リリアナが直接何かをしたわけではない。
分かっている。
だが、
妹が“そこにいた”ことが、
すべてを狂わせた。
辺境伯が選んだのは、
妹だった。
それだけで、
自分の未来が書き換えられた気がした。
(……奪われたのよ……
わたくしのはずだった未来を……)
その思考が、
静かに、しかし確実に形を持ち始める。
もし、
自分が“被害者”であるなら。
もし、
妹が“無自覚な加害者”であるなら。
――世間が誤解しているのは、
どちらなのか。
セレナは、机の引き出しを開ける。
中にしまわれていたのは、
これまで集めてきた噂の断片。
夜会での囁き。
茶会での視線。
誰かの“言い淀み”。
(……まだ、使える……)
王妃派が動かないなら、
別の形で、
空気を動かせばいい。
事実を歪める必要はない。
――“そう受け取れる話”を、
流すだけでいい。
セレナは、ゆっくりと息を整えた。
これは、悪意ではない。
正当防衛だ。
そう、
自分に言い聞かせる。
窓の外で、
王都の鐘が鳴った。
その音は、
始まりを告げているようにも、
警告のようにも聞こえた。
だがセレナは、
もう後ろを振り返らなかった。
歪んだ確信を胸に、
彼女は次の一手を選ぼうとしていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
正しさを信じるほど、人は誤った一歩を踏み出しやすいもの。
次の刻では、その一歩が静かに表へ現れてまいります。




