第104話 ー沈黙を強いるのは誰かー
おかえりなさいませ。
本日は、明らかになった真実の先で、
辺境伯が“夫として”示した覚悟をお届けいたします。
記録が伏せられても、広間の空気は緩まなかった。
真実が示されたからこそ、
次に何を選ぶのかが問われている。
アルフレッドは、ゆっくりと視線を巡らせた。
言葉はまだ発さない。
だがその沈黙だけで、場の温度が一段下がる。
誰もが理解していた。
――この場を仕切っているのは、
もはや王妃派でもない。
辺境伯アルフレッド・グレイバーン、その人だ。
王妃派の老侯爵が、探るように口を開いた。
「……記録の内容は理解した。
だが、これ以上事を荒立てる必要があるのかね」
アルフレッドは、即座に返さなかった。
一拍。
その間に、老侯爵は気づく。
――これは“議論の間”ではない。
“選択を迫られる間”だ。
アルフレッドは静かに言った。
「荒立てているのは、私ではない」
声は低く、抑えられている。
だが、そこに含まれる圧は隠されていなかった。
「私の妻が、
事実ではない噂によって侮辱され、
沈黙を強いられてきた。
それを正すのは、荒立てる行為ではない」
視線が、老侯爵をまっすぐ射抜く。
「――当然の責務だ」
広間が、凍りついた。
老侯爵の喉が、わずかに鳴る。
「……辺境伯殿。
王都という場所は、
感情で動く場ではない」
アルフレッドは、ほんのわずかに口角を下げた。
笑みではない。
威圧を抑えるための、形だけの表情だ。
「承知している。
だからこそ、私は感情ではなく“記録”を出した」
一歩、前に出る。
その動きだけで、
周囲の貴族が無意識に距離を取った。
「だが勘違いするな。
私が冷静なのは、怒っていないからではない」
声は変わらない。
だが、空気がさらに沈む。
「私は――
自分の妻が傷つけられたことを、
一切、許してはいない」
リリアナは、はっと息を呑んだ。
(……閣下……)
その言葉は、
彼女のために振るわれた刃だった。
老侯爵は、視線を逸らした。
「……では、
どこまでをお望みなのですかな」
アルフレッドは、即答する。
「これ以上、
妻の名が軽々しく口にされぬこと。
噂を広めた者が、
“無かったことにできる”と思わぬこと」
そして、決定打を落とす。
「それが守られないなら、
私は“辺境伯として”動く」
ざわめきが、抑えきれず広がった。
それは脅しではない。
辺境伯が動くという意味を、
この場の誰もが理解しているからだ。
老侯爵は、深く息を吐いた。
「……分かった。
少なくとも、
これ以上の中傷は抑えよう」
完全な屈服ではない。
だが、明確な後退だった。
アルフレッドは、それ以上追撃しない。
必要なことは、すでに伝えた。
リリアナは、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
怒りをぶつけるでもなく、
声を荒げるでもなく、
ただ“守る”という意思だけを示す。
それが、この人の強さなのだと。
(……わたくしは……
こんなにも、
大切にされていたのですね)
王都の空気は、
まだ柔らかくはない。
だが――
少なくとも、
誰かが沈黙を強いられるだけの場所ではなくなっていた。
最後までお付き合いくださり、誠に光栄にございます。
静かな怒りが場を制し、物語は次なる局面へと進みます。




