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宇津木麻衣はきこえてる 〜本の声が聞こえる図書館〜  作者: 御子柴 流歌
Voice.2「リストから消えた本」

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9/19

2-2: 検索に引っかからない?


 相談室へと早変わりした応接室は、それでもしっかりと冷房は効いている方ではあるが本館のラウンジなどと比べれば弱い方だ。


「……あっついな」


「それは(じゅん)(ぺい)が走ってきたからだろうな」


(だい)()が無理矢理俺を呼び付けたりしなければ、こういうことにはなってないんだよ」


 いきなり純平と大斗がやり合い始めた。勝手知ったる間柄という感じのテンポ感に、()()はどことなく既視感を覚えていた。


「ヒカルと(なる)()くんが同じ学部っていうのは解ったけど、駿(する)()()くんと鳴瀬くんは……? 高校の同級生とか?」


「そ。中学のときに通ってた塾が同じで、そこからの付き合い」


「なぁるほど」


 その頃からの付き合いならば、そのテンポ感にも納得だった。


 とりあえず適当にソファに座っておいてもらった上で麻衣はお茶を用意する。本来であれば相談者の大斗にだけで良い気もするが、そこで(ひかる)を無視するのもおかしな話。さらに言えば、かなり汗もかいている純平にも何らか水分補給をさせてあげた方が良さそうだと思った。


 麻衣は備え付けの冷蔵庫から麦茶を出す。はるかが居れば何らかオリジナルのお茶が出てくるだろうが、今はちょうど不在だったので仕方ない。勝手に人の物を出すわけにもいかない。


「うめー……! やっぱ夏は冷たいお茶だわ」


「わかるー」


「それなぁ……」


「何かげっそりしてンね、駿河屋くん」


 大斗に呼び出されてかつ麻衣を探すために、中央図書館からは少し距離のある理学部から急遽移動してきた純平にとって、お茶による体力回復効果は覿(てき)(めん)だったらしい。


 全員がそれぞれちょっとずつ落ち着いたところで、麻衣はいつもの道具の準備を終えて持ち場に着いた。


「じゃあ、その……早速訊かせてもらいたいんですけど。本を探してるってことで良いんですよね?」


「うん、そう!」


 一気にお茶を飲み干しながら、大斗が前のめりになって答えた。突然の大声もあって、麻衣の肩がきゅっと縮こまる。


「大斗くんさぁ……、あんまりウチのマイをビビらせないでくれる?」


「おぉ、すまんすまん」


「あはは……」


 光の保護者っぷりに麻衣は申し訳無く思いつつも、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「まぁとにかく本題に入らせてもらっちゃうとさ、探してる本があるんだ。今回の試験勉強にどうしても必要なんだけど、いくら探しても見つからなくてさ」


 大斗はソファに深く腰を下ろし直して、腕を組んで言った。


 なるほど――と言いながら、麻衣はいつものようにメモを取り始めた。


「タイトルとか本の装丁の特徴とか、何か覚えていることはありますか?」


「タイトルは……えっと、コレだな」


 言いながら大斗はスマホメモ欄を麻衣に見せる。


「経済史の分厚い本でさ。……ヒカルもわかるだろ、教授が講義でしょっちゅう例に出してたヤツ」


「あー、あれかぁ」


 光も頷く。判るらしい。


「確かに持ち込み用の資料としては強いわよね」


「そうなんだよ。そこから試験に出てきた論説の問題があるとかだから、持ってた方が良いだろってことで」


「でもさー。アレって一部分はわりと共有されてなかった?」


 実際のところ講義資料などにも一部分は引用されているため、受講者が既に持っている資料だけでもテスト勉強は充分に可能――ということを光は言いたいらしい。麻衣は取っていない講義の情報だったため、その辺りのメモを取る速度が速くなる。


「それについてはちょっと追加情報があるんだよ」


 さながら怪談でも話し始めるような顔をする大斗。


「ウワサに聞いたんだけど、共有されている部分にはない本文から引用された出題があるらしいって話なんだけど、出回ってる資料だけじゃ足りないらしいんだよな」


「だから、その原本である書籍を探したい――と」


「そーいうこと!」


 ビシィ! と効果音が付きそうな勢いで、大斗は麻衣へと指を向ける。そしてその指を思いっきり光と純平にたたき落とされた。コントのようなコンビネーションに、麻衣の頬も少しだけ緩む。


「ね、マイ。大斗くんってば、意外すぎるくらいにマジメでしょ」


「それはイイだろ別に」


 なぜか拗ねる大斗。


「でもさ、教授は『図書館にはあるはず』って言ってたのに無くてさ。誰かに借りられてるとかそういうことだったりするのかなと思ったんだけど、その辺よくわからんから純平に訊いてみたら、ここの『お悩み相談室』を紹介されたってワケ」


「なるほどです。……ちなみに、本の外装というか、見た目とかってわかりますか?」


「見た目は、俺はちょっとわかんないな。タイトルとかの情報はあるんだけど……原本は見たことないんだよ。ヒカルは何か知ってる?」


「あたしもわかんないな」


「……って感じだな」


「うーん……」


 麻衣は少し厄介な香りを感じ始めていた。


 タイトルなども把握出来ているのにそれを見つけられないというのも少し変な感じだ。大斗の言うとおり、誰かに借りられていて本が書架にないという場合は往々にしてあるので、それは特段不思議なことはない。


 だが、それでもなおこうして相談に来るということは――。


「まぁ、とりあえず端末使って探してみるか。さすがにあると思うんだけどな」


「それは?」


 光が尋ねる。いつの間にか純平の手元はノートパソコンがあった。


「図書館内の検索用端末とだいたい同じモノかな」


「へえ……。あ、ってことは、駿河屋くんもマイと同じなの?」


「そ。一応、自分も司書見習いってことで、()()()さんの部下の相談員って感じ」


「ちょっ、駿河屋くん……! 私より先輩でしょ」


「でも相談室だと部下だからなー」


 そう言いながら笑う純平は1年生の頃から司書見習い業務に就いているが、『本の声を聴く力』で言えば麻衣の方が上であったために、現在のようなカタチに落ち着いている。


「んー……――あれ?」


 カタカタと小気味よいタイプ音を鳴らしたものの、その次に出てきたのは本の検索結果ではなく純平の唸り声と疑問符だった。


「出て来ないな。……え? 何でだ?」


「だろ? 俺も外の端末では何回も試したんだよ」


 腕を組みながら、純平と同じように唸る大斗。


「さすがにこっちの端末かも見えないってのは……ちょっと変な感じはするな」


「でも、その先生がおっしゃるんだから、実際にこの図書館にその本があったのは確かだと思うんですよね……」


 麻衣は落ち着いた声で返した。いくらなんでも教授が教え子に対して、ありもしない本を在ると言い張ることはないだろう。その前提がある限りそう考えるのが妥当だった。


「どうしようか?」


「んー……」


 ただし麻衣としても、できるだけ落ち着いていようと心がけた結果として出てきた言葉に過ぎない。まだ何かぴったりとハマるアイディアがあるわけではない。


 さらに言うと――今回のケースならばその本を探して何らかの結論を出しただけで任務終了とはならない。もしもその本が本当に無かった場合は『どうして図書館から無くなったのか』を明るみにしなければいけない。反対に、もしもその本があった場合は『どうしてリストから無くなっていたのか』を明らかにする必要があるのだ。


「(あ……、しまった)」


 そして――よく見れば今この近くに本は無かった。いつもならば各書架へ置き直すための本が大抵はいくつか置かれていたりするのだが、今日はよりにもよって一切無い。


 助けの声をこの場で探ることができないということに他ならない。


 コレは困ったことになるかもしれない――。


 麻衣がそんなことを思った瞬間、応接室の扉がゆったりとしたノックと共に開かれた。


「あっ、居た居た。こんにちはー」


 姿を見せたのは(はま)(さき)はるか――麻衣や純平の師匠にあたる図書館司書だ。


「浜崎さんっ」


 麻衣は一瞬だけ破顔して、直ぐさま申し訳なさそうな顔をした。


「あの、ごめんなさい。ちょっと、臨時で開けてしまって」


「ううん、大丈夫よ。別に叱ったりしようとしているわけじゃないの。何か面白そうなことしてるって愛から聞いたから来たのよ」


 恐縮する麻衣に微笑むはるかは、何冊か蔵書を抱えていた。どうやら本の整理作業をしていたところらしい。


「……とはいえ、麻衣ちゃんも純平くんも試験期間が近いタイミングだからね。何のために一時閉室にしているかということは考えてね」


「はい……」「うっ」


 事実、試験期間が近いので相談室は閉じるという扱いにしているところで、友人からの重要な頼まれ事とは言っても臨時開室はさほど褒められるモノでは無い。さらに言えばこのような事態によって試験勉強時間が削られ、万が一にでも落第・再履修などということになってしまっては全く意味がない。


 ここはしっかりと正論をぶつける。麻衣と純平が揃って身体を小さくし、光に肘で脇腹を小突かれた大斗も同じように頭を下げた。


「ただし……」


 はるかは、少しだけ声のトーンを高くして続ける。


 本題は彼らを恐縮させることではない。


「蔵書の存在・不在に関わるので今回の場合はそうも言ってられないわ。ここは室長たちの負担を軽くするのが上司の役目、今日はしっかりとお手伝いさせてもらうからね」


「あっ、ありがとうございます!」


 重要なことは、他にある――それを見失ってはいけないのだ。



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