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宇津木麻衣はきこえてる 〜本の声が聞こえる図書館〜  作者: 御子柴 流歌
Voice.2「リストから消えた本」

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8/19

2-1: テスト期間中の臨時開室


 中央図書館本館の新館にあるラウンジスペースは、期末試験の時期になると雰囲気が一変する。


 やってくる学生の多くが普段は待ち合わせや軽い読書をするために使うのだが、この時期だけは参考書や教科書にノート、あるいはパソコンを広げている。さながら受験会場の控え室のような雰囲気を呈し始めるのだ。


 もちろん()()はわりと普段から講義メモの確認や課題の処理などを手早く済ませるために図書館を利用することが多い。図書館という場所に対して馴染みがあるが故の行動だった。


 全学の講義が実施される北部棟と呼ばれるところにも分館となる図書館はあるため、北部棟での講義に出ている場合は北館で自習をする。今日は先ほどまで文系学部棟での講義に出ていたので、麻衣は自習場所には中央図書館本館を選ぶことにしていた。


 勝手知ったる――と麻衣本人は思っていないものの、他学生と比べれば熟知している方だ。だからこそいつもより少しだけ座席の確保が難しくなるだろうという確信を抱きながらラウンジに入ったところで、直ぐさま見知った顔を見つけた。


「ヒカル?」


「ん?」


 麻衣が呼んだ相手は、声に直ぐさま反応した。ノートパソコンを少し斜めに配置して手元のルーズリーフに集中していたように見えたので、そんなにあっさりと反応されるとは思っていなかった。


「マイじゃん、やっほ」


「やっほ。どう? 図書館での勉強捗ってる?」


「まぁまぁ、そこそこかなぁ~って感じね」


 麻衣の高校からの友人で、いつもよりちょっとだけ気怠げな雰囲気をまとった(くら)(もち)(ひかる)は、凝り固まりかけていた肩を動かしながら答える。


 麻衣は人見知りがちな自分と正反対の友人に小さく笑って返した。


「でもさー、マイの言うとおり、図書館で勉強するってのは正解だったわ。涼しいし、静かだし、何より涼しいし。家でやるよりは余程良いわ」


「どんだけ大事なのよ、涼しいのが」


 2度言うということは、彼女にとって重要らしい。


「今のご時世『涼しい』は何よりも優位性(アド)取れてるんだって。試験前だってのに、何で今までやらなかったんだろ、あたし、マジで」


「だったら、誘った甲斐があったかも」


 麻衣は満足そうに微笑んだ。


 これで光があまり集中できてないとか、逆に涼しさがあまりにも快適すぎてダラけるようなことが万が一にもあったらとても申し訳ないと思っていた。尤も、光はこう見えてしっかりとマジメに勉強ができるタイプの女の子であることを麻衣は知っているからこそ、図書館に誘ったという事実もある。


「でもウチらの高校だって、新校舎になってからは図書館にもエアコン入ってたし、区立図書館だって結構涼しかったわよ?」


「え? だって、あたし図書館利用者じゃないし」


「……あぁ、そうね、たしかに」


 本好きかつ図書館好きとして今度は少しがっかりする麻衣だった。


 そんなこと知らないわよという調子で言われてしまっては、さすがに麻衣も口を閉ざすしかない。知らないモノについて語れということは出来やしなかった。


「そういえばマイはバイト……はさすがに休みか」


「うん。……一応大学内でのバイトになるしね」


「そのあたりは配慮してくれるってことかー、なるほどねー。下手なところに行くより余程良いわね」


 学生の本分は忘れさせない。よく行き届いた勤務先だった。


「ってことで、私もご一緒させてもらおうかな」


「どーぞどーぞ。……あ、だったら後で資料とか探したいから手伝ってもらいたいなー」


「そういうことなら任せといて」


「さすが司書、頼もしい。珍しく」


「まだ『見習い』だから。でも『珍しく』は失礼だと思うなぁ」


 ぷんすこする麻衣ではあるが、光は意に介さない。怒りはするけれど、如何せんその迫力が全く見られないのは以前からだった。


 当社比2割増し程度の怒りはとりあえず示せたことである程度満足したらしい。麻衣も自分の勉強道具である筆記用具一式とノートパソコンを取り出す。


 が。


「あ、居た、()()()さん。丁度良かった」


 さて勉強だと言うタイミングだというのに、不意に声がかかった。


「えっ、駿(する)()()くん?」


 麻衣がその声がする方へと向いてみれば、同じく本学中央図書館でアルバイトをしている図書館司書見習いの同期、駿河屋(じゅん)(ぺい)が少しばかり息を弾ませて立っていた。普段はどこか飄々としている彼も、今は少しだけ真剣な顔をしている。額には汗も浮いているので、ひょっとしたら館内やこの周辺を探していたのかもしれない。


「もしかして、今しがたこっちにきた?」


「うん、ホントに丁度今来たところだけど、……あ。もしかしてずっと連絡してた?」


 麻衣はそう言いながらスマホの着信を確認するが――たしかにここ20分程度、ずっと純平からの通知が続いていた。バッグに突っ込んだまま、かつ概ねの着信はサイレントモードにしている麻衣が、これに気付く由はない。


「うわぁ、ごめんなさいぃ……!」


「だいじょぶだいじょぶ、全然。謝らなくて良い話だから。むしろ今から無理をさせちゃうかもしれないわけだし」


 とんでもなく恐縮する麻衣を、純平は宥める。


「ごめんね、えーっと……何くんだっけ? これではじめましてじゃなかったらマジで申し訳無いんだけど」


「駿河屋。駿河屋純平です。たぶんはじめまして、かな。工学部2年」


「あたしは倉持光。経済学部2年で、この子のお守り役」


「ぶふっ」


「ちょっと、ヒカル。いきなり余計な事言わないで」


 純平が噴き出し脱線しかかった話は元に戻すに限る。


「ところで駿河屋くん、私に用事って……?」


「何か今から勉強しますよってところで、むしろこっちが謝らないといけないんだけどさ……」


 今度は純平の方が申し訳なさそうな顔をする。


「……ちょっと相談室、開けてもらえないかなってことで」


「えっ……今?」


「そう。臨時なんだけど、事情が事情で」


 麻衣がきょとんとする横で、光が首を傾げた。


「相談室? ……あ、もしかして例の」


 麻衣は頬を赤らめ、慌ててうつむく。


「へぇー、ついに見学できるわけね?」


「ちょ、ちょっと、ヒカル……!」


 からかうような笑みを浮かべる友人に、麻衣は返す言葉を失ってしまった。


「とりあえず来てもらえると嬉しいんだよね。依頼人、もう待ってるから」


「う、うん……!」




     ○




 いつもの受付の前には、すでに一人の男子学生が待っていた。


「あれ、(だい)()くんじゃん」


 光が先に声を上げる。


「おお、ヒカルじゃねえか! さっきぶりだな」


「え? ヒカル、知り合いなの?」


 麻衣が小声で訊くと、光は頷いた。


「同じ学部。講義も何個か一緒に取ってるの」


(なる)()大斗。経済学部の2年。よろしくっ!」


 やや高めの明るい声色での挨拶。軽く青いメッシュを入れていたりとノリは少しチャラいが、声量は幾分か気を遣っているらしく、場をわきまえることは忘れない。


 しかし初対面の男子学生を前に、麻衣の人見知りが全開になる。思わず俯いたまま「よ、よろしく……」と蚊の鳴くような声を出すと、純平が苦笑した。


「マイの人見知り発動~……」


「宇津木さん、いつもの調子で大丈夫だから」


「そ、そうかな……」


 見たことのないモノに対して怯える麻衣の姿はさながら小動物のようで、若干の庇護欲をそそるものではある。


「で、マイちゃんって呼んでいい?」


「えっ……!?」


 唐突な大斗の一言に、麻衣の肩がびくっと跳ねた。


 さすがにここまでいくと庇護欲などと考えている暇もなく、何なら少しかわいそうなくらいだった。


「はは、ごめんごめん。ヒカルが『マイ』って呼んでたから、つい」


「お前、相変わらず容赦ないな」


「ダメダメ。大斗くんにマイは簡単に上げられないから」


 光が麻衣をぎゅっと抱き寄せると同時に純平が呆れ混じりに突っ込みを入れる。そのおかげでようやく麻衣も少し肩の力を抜くことができた。


「……まぁ、入ろっか。事情を聞かせてもらえますか?」


「おう。頼むわ、マイちゃん――じゃなくて、宇津木さん」


 ぎろりと鋭い視線が光から飛んでくるのを感じた大斗は、さすがに自重するらしい。麻衣も一応は同じような視線を送って抗議をしていたようだが、それは誰にも気付かれることはなかった。


 ひとりで少しだけ諦めた麻衣は応接室の扉の鍵を回した。


 臨時開室されたお悩み相談室。その空気が、静かに動き始めた。



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