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宇津木麻衣はきこえてる 〜本の声が聞こえる図書館〜  作者: 御子柴 流歌
Voice.1「赤い表紙のあの本」

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1-6: 誰かと共に新しい物語を


「じゃあ、貸し出しの手続きを先回りしておくわね。……愛が」


「え?」


 はるかの一言に、思わずと言った感じで翌凪が反応する。


 応接室の扉が開いたのはその声とほぼ同時だった。


「そろそろかしら?」


「んー、タイミングバッチリぃ」


 まるで扉の前で聞き耳でも立てていたかのようなタイミングではあるが、愛はしっかりと持ち場に戻っていて、本当に丁度のタイミングでこちらに来ただけである。


「すごい……」


「まぁ何となく()()()()()()()()()もしたし、はるかとは付き合いも長いからね」


 愛は微笑む。もちろん図書館の本たちがサポートしてくれたからこそ出来た芸当だった。


「了解、その本ね」


「よろしくー」


 そして翌凪の腕に大切に抱えられた本にも微笑んで何度か頷いた愛は、そのままするりと出て行った。


 出来上がった一瞬の静寂。


 これを破るのは、やはりはるかだった。


「まぁまぁ、謎も解明したことだし、祝福の1杯でもいかが? 水分補給は大事よー」


 慣れた手つきで3人分のお茶をテーブルに並べていく。


「でも、……これ、良いんですか?」


「え?」


 全員分のお茶が揃ったところで部屋に響く心配そうな声の翌凪に、目線を合わせながらはるかは先を促した。


「何かこの本って、ふつうのところには置かれていない感じがするんですけど……」


 鋭い、と司書と司書見習いは思う。


 だがその心配は不要だった。


「その本はねぇ、丁度装丁の軽い補修とかをしていただけだった……わよね、マイちゃん」


「そうですね。一昨日辺りで作業は完了していたんですけど、運良くまだ裏の方に居てくれて」


 かなり古い本になると貸し出し中のトラブルなども起こる恐れもあるため、図書館の判断で貸し出し対象外となる場合もある。


 他のケースとしてあるのは、丁度他の利用客に借りられていて、返却されたときにまた来てもらうようなことが発生することもあったので、今回は間違いなく運が良かった方だ。


 だからこそ、麻衣は優しく微笑む。


「だから安心して持っていって、おばあさまに読んであげてほしいな」


「えっ? どうして、あれ? 私、探してた理由って……」


 目を丸くする翌凪。


「言われては、いなかったけれど……」


「伝わっちゃったわよね」


 そんな彼女のかわいらしい反応に、はるかと麻衣は目を見合わせてさらに笑む。


「わざわざ昔読んでもらったその本を探すということは、必ず理由がある。恐らく闊達な印象のある翌凪ちゃんのおばあさまなのかなと思ったので、入院中のベッドの上で退屈してそうだから何か暇つぶしになるようなことをしてあげたいな、って思ったのかなぁって」


 気持ちは元気だけど動きを制限されることほど、退屈感を増幅させるモノはない。そういうときは身体と精神が刺激を求める。


「せっかくだから、それをちょっとしたサプライズでしてあげたいのかな、と」


「すごい……、そんなことまで分かっちゃうんですか?」


「これは、……たまたまかな」


 どうやらそれが正解だったらしい。安心はする。


 だがあまりにも感動されすぎると、逆に困ってしまう。麻衣は頬を掻いた。


 麻衣の照れ笑いを他所に、翌凪は本を抱きしめるようにして胸元にそっと寄せた。


 その瞳にはもう、不安も迷いもなかった。




     ○




「麻衣さん、はるかさん……本当にありがとうございました」


 深く、丁寧に頭を下げる翌凪の姿に、麻衣たちは笑顔で応える。


「どういたしまして。……おばあさまに、よろしくね」


「じゃあ翌凪ちゃん、こちらへ」


「はい。本当にありがとうございました!」


 手続き処理を終えた愛に迎えられて翌凪が退出した後、無事にお悩み解決を完了した応接室にはほんの少しの静けさが戻ってきた。


 ――のだが。


《やっぱり、あれが正解だったんだねー! あたしも、うっすら記憶にあった気がするんだよねぇ。『赤い表紙』っていうワード! そっかぁ、昔の装丁かー……!》


 先ほどの書庫から持ち帰ってきた紙袋の中から、「これでようやく思いっきりしゃべれる!」とばかりに勢いよく声があふれ出す。もちろんその声の主は『ハリー・ポッターと秘密の部屋』だった。


「その旧装丁の話で思い出したけれど、そう言えば貴女って実は最近の子たちには『旧版』の姿で見られてるかもしれないわね」


《そうなのよねー……! しかも文庫版(ちっちゃいこ)もいるし、それにもバリエーションあるみたいだし》


 袋からその声の主を取り出しながら、はるかが言う。もう片方の手には書見台があった。


 はるかは雑多に本が置かれている部分を少しだけ片付けて、その空いたところに書見台を置き『秘密の部屋』を立てかけた。


「たしか、特装版とか、映画のグラフィックデザイン手がけた人がやった版とかもあるわよね。いつの間にか兄弟姉妹が増えちゃった感じ?」


《何かそんなかもねー》


 ちょっとだけ切なそうに、でも何となく楽しそうに本がはるかに答えた。


「まぁでも安心して? 私は貴女の版の方が見慣れてるから」


「私の家にあるのも、貴女と同じだよー」


《え、嬉し~。中には豪華なのがイイっていうヒトもいるからさー、やっぱりそう言ってもらえるのは嬉しいのよねー》


 どこか得意げな様子の『秘密の部屋』に、麻衣は軽く笑った。


 その人気の高さから書店では平積みや面陳にされ、学校図書館などにも複数冊置かれていた時期、やはり多くの人の目に止まっていたのは最初の装丁――主人公であるハリー・ポッターの顔をハッキリと描かなかったことで原作者も気に入っていたとされるそのデザインのモノかもしれない。


「それにしてもマイちゃん、気が付くの早かったわねー」


「いやぁ、それは完全に運が良かったと言いますか……」


 うんうんと満足そうに頷くはるかに、麻衣は照れ笑いを浮かべる。謙遜も忘れない。


《そんなことないんじゃな~い?》


「あはは、ありがとー。でも貴女のおかげでもあるんだから。今回は手伝ってくれてありがとね」


《おやすい御用よ》


 ここにさらに『秘密の部屋』からもお褒めの言葉を預かれば、彼女の頬はその装丁の色合いにどんどん近付いていく。熱くなってきたのは気温のせいだけではないと思いながら、麻衣はお茶を飲む速度を上げる。


 するりとお代わりを注がれたところで、麻衣は続けた。


「……きっと翌凪ちゃん、おばあちゃんに成長したところをちょっと見せたかったのかなぁって思って」


「成長したところ? ……ああ、なるほどね」


《え? なになにぃ、どういうこと?》


 察したはるかに対して、本は説明を求めた。


「小さい頃に『あなたなら読める』――つまり理解できると思うって言われたことも覚えていて、敢えてその本を選んで読んであげたいってことは、こういうのをしっかり読めるくらいに大きくなったんだよーってところを教えたかった。そういうことよね、マイちゃん?」


「ええ、何となくですけど、そういう気持ちからかなって」


《なるほどねー。そういう理由で選んでもらえたのはきっと光栄よね》


「うん。すごく嬉しそうだったわね」


 翌凪の顔を見たときの幸せそうな声は、心からの喜びに満ちていた。


《だからこそ、あの装丁の本だった、ってことね》


「そういうこと。装丁が違っても中身は変わらない、でも――装丁には、その時代の空気とかその時の思い出がくっついてるから、それぞれにみんな大事なんだよね」


《うんうん、まさにそれ! 本って、そういうものよね》


 思い出の本は、今日もきっと、誰かの手の中で新しい物語を始めている。


《ところでさー》


「え?」


《ずっと飲んでるそれ、美味しいの?》


「美味しいけど、貴女はダメよ」


《けちー》


「ダメなことくらい分かってるくせにぃ」


《まぁねー。言ってみただけー》


「でも、香りくらいならイイかな」


《あ、優しー。さすが麻衣ちゃん》


「ありがと」


 窓の外では夏風がそっと木々を揺らしていた。


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