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1-3: 依頼の受理、そして歌い出す本


「お探しの本は『赤い表紙の本』、……だったかな?」


「はい、そうです」


 お悩み相談室は今日もふんわりと始まる。


 本日最初の相談者となった少女、(あす)()も幾分か緊張感が解けてきているようで、先ほどまでの頬が強張った感じは無くなってきていた。何よりも分かるのは彼女の両手だった。手の平に爪を立てていそうなほどにぎゅっと握られていたのが、今ではふんわりとした猫の手だった。


「了解です。では、メインテーマが決まったところで……」


「マイちゃん、こっちの準備は大丈夫よ。続けてー」


「はーい」


 はるかは小型のノートパソコンを膝の上に乗せて朗らかに笑う。こう見えてはるかのタイピングは極めて高速だ。議事録はすべてデジタル管理である。


 対して()()は、手元に少し紙質の良いノートと万年筆を用意していた。余計な筆圧をかけずにさらりと書いていくことができることと、思考をまとめていく上ではやはり手書きの方が性に合っているということで愛用していた。


「大丈夫ですよ。思い出せそうなところから、ゆっくりでイイからね」


「自分のお姉ちゃんに相談する感じで良いのよ? ……って、ごきょうだいが居る前提で話しちゃったけど、そうじゃないならそういう想定でね」


 実際にそれくらいの感じで話してもらえる方がありがたい。最初に声をかけられたときと比べればかなり楽に話してくれている感じを麻衣は受けていたが、もっと肩の力を抜いてほしいところではあった。


「いとこのお姉ちゃんがいるので、じゃあ……そんな感じでも良いですか」


「もちろんっ」


 はるかが満面の笑みで応えたところで、いよいよ本題に入ることにした。


「ではでは、……そうだねー。いつくらいに読んだ本なのか、そんな感じことは覚えてる?」


「小さいころに読んでもらってました、おばあちゃんに」


「おばあちゃま!」


 麻衣が反応するよりも早く、パソコンの画面から顔を上げながらはるかは目を輝かせた。


「ウチのおばあちゃん、今はちょっと腰痛めちゃって入院中なんですけど」


「あら……。大丈夫なの?」


「お見舞いに行ったらめちゃめちゃ元気でした」


 思っていた以上に元気だったらしく、翌凪は苦笑い気味だ。それならば過度な心配も今は不要だろうと、麻衣は翌凪を見ながら思う。


「それで……おばあちゃん、昔は保育園の先生やってたみたいで」


「あらっ、そうなのね。じゃあ読み聞かせとか上手そう」


「そうなんですよ」


 反応の良さに気を良くしてくれたのか、翌凪は追加情報も話してくれた。


「それで、よく図書館に行って借りてきた本を私に」


「わぁステキ……」


「マイちゃんも思わずうっとり」


 今度は麻衣が先に反応をした。はるかはもちろん、翌凪もこれには微笑む。


「いやぁ、羨ましいですよねそれ」


 大量の本が整然と並んでいる空間――図書館や大型書店を好み、さながら根城のようにしている麻衣にとってはまさしく垂涎モノだ。


「ただ、ホントにいろいろ読んでもらってきたのもあって、がんばって理解しようとか思ってたのかもわかんないですけど、タイトルとかあんまりアタマに入れてなくて。これは私が良くないんですけど……」


 祖母の読み聞かせで知ったお話ならば、タイトルというクリティカルな情報が抜け落ちていても仕方ないし、表紙の記憶が色濃く焼き付いているのも納得できる部分はある。


 しかも今回は、その本が自宅の蔵書ではなく図書館で借りた本だ。


「もしかして、他にも似たような本を読んでもらってたり……しそうよね」


「あっ……! 実はそれで……」


 ビンゴ。


「でもそれ、気持ちが分かるよぉ。ちょっとした一節は記憶されてるんだけど、似た様な本を同じような時期に読むと『これ、どこで出てきたんだっけ?』って」


「ああっ、ホントにそんな感じです……!」


 本好き界隈における『あるある話』に花が咲き始める。緊張感がある程度溶けてきたところでクリティカルな情報が出てきたりすることもあるので、こういう雰囲気になってくれることを期待しているところはある。


「……ということは、印象に残ってる場面とかってある? 景色とか建物とか、登場人物とか、何でもいいよ」


 麻衣はにっこりと笑いかける。翌凪もすぐに自分の記憶の断片を探し始めるが、その表情は最初の頃と比べるとかなり穏やかなモノになっている。先ほどまでの『どうしても大事な公式が思い出せない、この問題が解けない……!』と焦っているような雰囲気は、もう無い。


「……えーっと」


 しばしの沈黙が訪れる。パソコンのモニターもあるので麻衣と翌凪からは見えていないが、その陰ではるかは少しばかりわくわくしているような表情を浮かべていた。


「あっ、雪……」


「雪?」


「たしか、雪が降ってたような……そんなシーンはあった気がします」


 わずかながらも有益なブレイクアウト。万年筆が紙を滑る音に、軽快なタイピング音が重なっていく。


「それで、森の中で、そこを歩いていたり……」


「イイ感じぃ」


 わくわくを抑えられなくなったらしい。はるかが思わず漏らした。


「あとは、怖い感じの女の人が居たような……」


 上手に開いた記憶の扉の向こう側には、案外と手に取りやすいところに情報が転がっていたらしい。これも恐らくは、翌凪が少しでもリラックスできた証拠だろう。


「あと、おばあちゃんに『アスナちゃんならたぶん読めると思うよ』って言われた記憶も……あるようなないような」


「それは、……あれかな。今探している本じゃない本のときにも言われたとか」


「そんな、感じかもです。あんまり参考にならないかもしれないですけど……」


「ううん、全然そんなこと無いよ」


 彼女がんばってひねり出そうとしてくれているその証を、麻衣はノートへと書き記していく。その中で何となく自分にも読んだ覚えがあるような項目があることに気が付いた。


 自分も記憶を辿ってみようか――。


 そんなことを思いながら、麻衣は本当に何気なく、ふと視線を応接室の傍らに積まれていた本の山へと]移した。


《それは、さすがにあたしじゃないんじゃないかなー?》


「なるほどー……」


《似ているところはあるみたいだけどね》


「そうね、結構イイ具合にネタが出てきた感じね」


 はるかの意見に麻衣は大きく頷いて返した。


「そんなくらいでも大丈夫なんですか?」


「森の中とか怖い感じの女の人……そういうシチュエーションって数は多いけれど、ある程度の絞り込みも出来る要素、これはナイスヒントなの。だから『そんなくらい』なんかじゃないの」


 少しだけ心配そうな翌凪には、こういう風に返すのが適切だろう。麻衣はそう考えながら至って朗らかに言う。


 実際のところ、本当の意味でここから1冊の本を的確に探し当てるのは至難の業だろう。もしかしたら数日のスパンで時間をもらって捜す必要が出てくることもある。


 ――その辺りを上手にやっていく方法が、この『お悩み相談室』には在った。


「じゃあ、ちょっとだけ休憩しましょ」


「え、もうですか?」


「アタマを使ったら休憩は大事」


 さっき話し始めたばかりなのでは――と翌凪が思うのも無理はないかもしれない。だが、そんなことなどお構いなしに相談室の主たちは動きを見せる。


「一旦私出ますね。はるかさん、よろしくお願いします」


「はいはーい。……じゃあアスナちゃん独り占めし?ちゃお」


 軽口を叩いてくれるありがたさ??。


 何となく思い浮かんだフレーズに五・七・五っぽい響きだったことに思わず笑いそうになりながらも、麻衣は机の上から鍵を手に取り、さらに先ほどの本の山から1冊抱えて応接室を出た。




     ○




 彼女が向かったのはすぐ隣にある書庫。それなりに古い本も収蔵されているがあまり外への持ち出しもない――それどころか司書もあまり足を踏み入れることがないという鍵のかかった大きな書庫。


 そこに入った麻衣は鍵をかけ直した。


「ふぅ……」


 錠の落ちる音がきっかけになったのかもしれない。翌凪に緊張させまいとしていた彼女だったが、麻衣もそれなりに緊張はしていた。大きく溜め息をついて――麻衣は話を始めた。


「たまたま目に付いたところに居てくれてよかったぁ」


《ほんとねー。でも残念ながら、あたしとはちょっと違うわね》


 麻衣に抱えられた本――『ハリー・ポッターと秘密の部屋』が軽い調子で答えた。



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