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1-2: まずは緊張を解いてあげること


 赤い表紙の本。


 そう言われて、()()とはるかは同時に互いの顔を見合わせた。


 ――これは、もしかすると少し難儀な予感がする。


 麻衣はそんな気がしてはるかを見つめたのだが、返ってきたはるかの視線もまた同じような色味を帯びているような気がして何故か少しだけ安心した。


「その、でも……赤い表紙だけじゃダメ、ですよね……」


「大丈夫ですよ」


 明らかに不安そうな女の子の声色に、先ずは膝立ちになった麻衣は目線を下から合わせた。


 もちろんその条件だけでは大変だ。何万冊という本の中から希望の書籍を見つけることは困難を極める。


「きっと見つかりますから安心して。ね?」


 だからこそ、話を聞く。 


 だからこそ、声を聞く。


 それこそが『相談に答える』というモノだ。


「そうそう。お姉さんたちにお任せあれ。……とくにこのお姉ちゃんが必ず見つけてくれるからね」


「ちょっ……! あ、あぶなっ……」


「だ、大丈夫ですか……?」


 あまり話を聞いていないようなことをはるかに言われた麻衣は、困惑のあまり膝立ちのバランスを崩しかける。逆に女の子から心配される始末だった。


「もうっ、(はま)(さき)さんっ。話が締まらなくなるじゃないですかぁ」


「あはは、ごめんごめん」


「これじゃただの『頼りがいのないヒト』に……」


 大事な大事な依頼を受けようとする場面で、話を聞いてくれる人が頼りなさそうなら『また出直してきます』などと言われて他のところを当たられかねない。


 麻衣自身そもそも自分を頼りがいのある存在だとは全く思っていないのだが、それでもできるだけ安心して依頼をしてもらえるような人でありたいとは思っている。


 これでは出鼻を挫かれたようなモノだった。


「えー? そうかしら。……ねえ、お嬢さん。このお姉ちゃん、信じられそうだよね?」


「……はい」


 麻衣と一緒になって視線を合わせたはるかが、さらに優しそうな笑みで女の子に尋ねる。女の子はほんの少しだけ間を空けたが、その間も気にならなくなるほどに大きく頷きながら答えた。


「ほらね?」


 自信満々なはるか。カタチの良さそうな胸が大きく揺れる。


 麻衣は半ば諦めたように小さく息を吐いた。そういうことならば、それで構わない。


 そんなことよりも、今はこの女の子の願いを叶えてあげることが大事だ。


「えーっと、では気を取り直して……。ようこそ、『中央図書館お悩み相談室』へ。少しお話、聞かせてもらえますか?」


 麻衣はゆっくりと立ち上がって、カウンター奥にある応接室へと誘った。




 国立H大学付属中央図書館には、他にはない変わったところがある。


 そのひとつが、今年度から新たに創設された『中央図書館お悩み相談室』だ。






     ○






 応接室に通されたところで、今までの人生でも座ったことがあまりないタイプのソファを薦められた女の子は明らかに恐縮していた。――校長室で見たヤツだ、と思わず口走りそうになったのは我慢したものの、だからと言って何を言えば良いのやらと今度は口が動かなくなる。


「あ、あの……」


「え? なぁに?」


 麻衣は資料やメモの準備をするために一旦応接室を出て行ったので、部屋には女の子とはるかだけ。そのはるかは手慣れた感じでお茶の準備をしていた。


「はい、どうぞ」


「はっ、はい。ありがとうございます……」


 サッと出されたグラスは、外を歩いてきたばかりの彼女の手には気持ち良く感じる程度に冷えてはいるが、その中身はキンキンに冷えているというわけではない。はるかお気に入りのお手製水出し煎茶だが、この時期は絶妙な冷やし加減だった。


 たしかに外はしっかりと夏模様ではあるが、この図書館内の冷房の入り方を考えた上で少しだけ温度調節をした次第だった。ある程度の時間この場で話をしなければならないことを考えると、おなかからも冷やしてしまうのは得策ではない。


「あっ、おいしい……」


「ホント? 嬉しいわぁ、私も好きなの」


 少女が笑顔になってくれたことと、手製のお茶を褒められたことで、満面の笑みを浮かべるはるかだった。


「戻りましたー……って、浜崎さん、何か良いことありました?」


 紙の資料とノートパソコンを抱えて戻ってくるなり妙に嬉しそうで楽しそうな笑みをはるかに見せられては、さすがに麻衣でも気になった。


「え? えへへー、まぁまぁ麻衣ちゃんも一緒に飲みましょ」


「あ。ありがたくいただきます」


 しかしそんな疑問もお茶の前では無力だった。――これが要因か、と麻衣はすぐに悟った。


「ふぅ、落ち着くわねー」


「ですねー。……って、落ち着いてばかりではダメなんですけどねっ」


 危うくそのままお昼前のティータイムを、初対面の少女も巻き込んで繰り広げるところだった。違う違う、そうではない。目の前の少女も、はるかの雰囲気に乗せられたのか、ちょっとだけほんわかした表情でお茶を啜っている。そこまで焦ることもないとは思ったが、相談事を放置したままにはしておけなかった。


 麻衣は慌てて軌道修正を図る。


「そもそも、自己紹介してませんよね?」


「何かさっきチラッとお互いに言い合った気もするわね。マイちゃんがコケそうになったおきに」


「……たしかに。って、いちいちそーいうところを蒸し返さないでくださいよっ」


 結局は一部が脱線してしまったが、麻衣とはるかは依頼人である少女に名前を紹介する。そして、麻衣は持って来た用紙の1枚を少女に向けて渡した。


「これは……?」


「お話を伺って整理していく上で必要なことをレポート形式で保存していくために必要なモノ、という感じでしょうか?」


 麻衣は詳しい説明をはるかに任せる。


「そうね。もちろん、過度にプライバシーに関わる部分は残さないです。あくまでも大学図書館の運営上必要になる部分を残しておくために書いてもらう――という感じかしら」


 そうなんですね、と小さく答えながら少女は手持ちの小さなバッグからペンケースを取り出した。側面はクリアタイプになっているファンシーな色合いのペンケースからは、かわいらしい付箋やシールがちらりと覗く。が、選ばれたボールペンは質実剛健なかっちりしたモノだった。


 名前の記入から始める様を麻衣は優しく見つめる――が、艶のある少し赤い黒髪を揺らしながらそのボールペンから書き出されたモノがあまりの美文字で一瞬だけ目を見開くことになった。『()()(じま)(あす)()』、それが彼女のお名前だった。


「あら、字が綺麗」


「あ、ありがとうございます……」


 はるかも同じ感想だったらしい。彼女の字も間違いなく綺麗な部類なのだが、その人が言うのならさらに間違いないと麻衣は思った。


 個人情報欄の記載が終わったところで、用紙を受け取りながら話を進めていく。


「たとえば、今回だと『赤い表紙の本』をお探しということでここまで来ていただいたわけですけど、更に詳しくどういう特徴があるかとか、どういう雰囲気の中身だったかとか、そういう蔵書に関する部分などになります」


「アスナちゃんの気になってる男の子は? とかそういう話が本に関わってくるのなら、ちょっと変わってくるけれどネ☆」


 はるかはそんなことを言いながらウインクをバッチリと決める。


「うーん、一概に『浜崎さん、それは違います』と言えないのが……」


 きらびやかな効果音でも入れておきたいくらいに様になっているので、麻衣は思わず指摘(ツッコミ)が遅れた。


「……ちなみに、今回はそういう理由では無いですか?」


「ええっと、そういうのではないです……」


 翌凪は少しだけ頬を紅くしながら言う。


「なぁんだ残念~」


「浜崎さん、そういうことじゃないですからね?」


 苦笑いしながら麻衣ははるかを窘めておいたが、当のはるかはそこまで気にしている様子はなかった。


「『お悩み相談室』は恋のお悩み相談もしてますからねー」


「……ホントにしてるんですか?」


 翌凪は怪訝な表情で麻衣に訊く。若干ではあるようだが、はるかへの信頼度が下がっている懸念を麻衣は感じ取った。原因は明らかにはるかにあるので仕方ない部分ではあるが、事実は伝えておいた方が良い。


「結果的にそういうお悩み相談を解決したということは、ありますね……」


「あ、あるんだ……!」


 中学生女子の素直な反応が眩しい。しかし、それも当然だろうと麻衣は思う。


 この『お悩み相談室』が影も形も判然としていない頃に、たまたま飛び込んできた相談を受けたことで結果的に恋のお悩みを解決できたということはある。もちろんそれは麻衣にとっても驚きであったし、その衝撃は永劫色褪せることはない。


「ね? アスナちゃん。だからこのお姉さんは信用できるでしょ?」


「は、はい!」


「あ、あはは……。でもそう言ってもらえると嬉しいな」


 元気な返事をもらってしまう。妙な理由ではあるが信頼をしてもらえたのならば、と麻衣は納得することとにした。


「じゃあ、改めて……。思い出せることから、ゆっくりで大丈夫だからね」


 麻衣は出来る限りふんわりとした笑みで切り出した。




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