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宇津木麻衣はきこえてる 〜本の声が聞こえる図書館〜  作者: 御子柴 流歌
Breath.2「夏休み直前」

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12/19

I: 試験結果

「はい、どうぞこちらをご査収くださいませませ……」


 試験期間終了後、すなわち間もなく夏休みに入るといった日のお昼頃。


 中央図書館から程近いところにある学生会館内食堂の4人席には、先日お悩み相談室に飛び込みでやってきたメンバーが揃っていた。


 (くら)(もち)(ひかる)がドヤ顔で、そしてやたらと面倒な口調で、正面に座る男子生徒に見せつけた半ぺらの紙は、件の講義に関する成績表だった――のだが。


「はぁっ!?」


「……声がでけえのよ、お前は逐一」


「いやいやいやいや、ココで黙っていられるわけがねえのよ!」


 片耳を手で押さえた駿(する)()()(じゅん)(ぺい)(たしな)めようとも、それにへこたれる(なる)()(だい)()ではなかった。周りにもあちこちそれぞれで喧噪が出来上がっているので食堂という空間全体で見れば大した問題では無いのだが、真横で叫ばれた純平の耳からしてみれば大問題だった。


「何で『秀』!?」


「はい~、しっかり『秀』、いただかせていただきましたぁ」


 おほほほという高笑いを添えながら、光は最高評価が記された成績表をクリアファイルに戻す。実に満足そうな親友の笑みを見て、嗚呼このめんどくさいモードに入ったかぁ――と()()()()()はしばらく口を開かない覚悟を決めた。光と麻衣の長い付き合いだからこそ成せる判断だった。


「それでそれで~? テスト勉強をしようとしていたウチのマイに頭を下げて仕事をしてもらって、その結果得られた資料(アンチョコ)片手にがんばっていた大斗くんは? ん~? どーだったんだっけー?」


 煽りに煽って煽り倒している光。


 当然ここまで言うのにも理由がないではないのだが、光や大斗とは学部が違う麻衣にそれを知る由もないので、まだまだ黙り続ける所存だ。お冷やもう1杯分持って来ようかと考える余裕すらあった。ある意味悟りの境地でもある。


「くっそぉ……」


「で? お前はどーだったんだよ」


 絵に描いたような苦虫を噛み潰したような顔を隠さない大斗だったが、真横で叫ばれたことへの意趣返しなのか、彼の友人である純平も大斗に敵前逃亡を許さない。純平は大斗のカバンを掴もうとした。


「やめろやめろやめろー! どーせ俺は『良』止まりだよっ!」


「(えっ……)」


「あっ、ホラ。マイがドン引いてるじゃん。え、『優』ですらないの?――って」


「そ、そんなことは……」


 ――ごめんなさい、ちょっとだけ思いました。


 持ち込みが許可されているテストならばもう少しやりようがあるのでは、と思わなくもない麻衣だった。が、ニンゲン得手不得手というのはあるのだから、そういうこともあるよね。きっとそうだよね。


「大斗くんさぁ~。マイだって試験勉強あったんだからねー? あの時だってあたしといっしょに勉強する予定だったし、そもそも図書館で勉強したらって薦めてくれたのがマイなんだから。……それなのに、よくもまぁコイツはいけしゃあしゃあと『良』なんか取りやがって」


「そこまで言わなくても……」


「いやいや、言うねっ。あたしは言うよ!」


 今日の彼女はまるで保護者――いや、さながらモンスターなタイプの親であった。


 光は麻衣の双眸が一瞬だけ見開かれたことに気付いていた。真横なのに何で気付かれたんだろうと麻衣はこっそりと思っていたが、何のことは無い。それと同時に両肩もピクッと動いていたので、それを光が見逃さなかったというだけのことだった。


 余談だが、麻衣があの日勉強しようとしていた講義の試験結果は『秀』であった。


「うぐぐ……」


「そんなマンガみたいな声出すヤツいるんだな」


 何も言い返せないでいる大斗の傷口に塩を塗り込むようなことを言い放つ純平。悔しがるにしても『ぐうの音も出ない』を文字通りで行くようなそんなにわかりやすい擬音のようなセリフを実際に漏らすヤツがいるなんて、と思っても仕方が無い。あまりにも大斗の所作はマンガチックだった。


「あれは、……なんつーか、『相談室マジック』の加護を受けられなかっただけかなって」


「他人のせいにすんなよ、お前マジで」


 ――バシッ!


(いで)ぇっ」


 割としっかり本気の出力で、純平は大斗の頭を真上から平手打ちにする。


「お前、そこでよくもまぁ宇津木さんのせいにできるな」


「いやほんのじょーだん……。……ハイスミマセンゴメンナサイ」


「言って良い冗談と根本的にダメなクズ発言ってのがあるんだよ」


 視線を上げた瞬間に大斗が恐れおののいた。


 冗談が通じるタイミングと通じないタイミングというのはある。いつもならもう少し場の空気を読める方である大斗だったが、今日は何故だか調子がおかしいらしい。


 今、彼の正面にあるのは光の顔だ。どんな表情なのか、それは筆舌に尽くし難いモノだ。


 ――絶対にヒカルの顔は見ないぞ、と麻衣は誓った。


「あっ、……そもそも相談室にはそこまでの力はないですっ」


「はいほんとうにそうです、マジでごめんなさい」


 恐縮したままの大斗は壊れてしまった自動制御装置のように、ただひたすら謝罪を繰り返した。その分だけ言葉は余計に軽く聞こえていたが、その頭の垂れ下がり方を見て麻衣は追求を止め――。


「っていうか。そもそも試験前日に飲み会行ったのはどこのどなた?」


「えっ」


 ――ようとしたのだが、衝撃的な事実が光の口からさらに飛び出してきたから、麻衣はまたしても両目を大きく見開いた。眼鏡のレンズと同じくらいのサイズになっているようだった。何ならさっきはギリギリのところで口から出ていくことを押しとどめられた『えっ』という一音を今度は止められなかった。


「ホントにもうしわけございません、すべてわたしのせきにんでございます。……いやでもそれはホントに抜けられない事情もあったことは少しくらい加味させて頂けますと」


「合コンごときにそんな事情なんてあってたまるか、ってーの」


 大斗には一切の容赦の余地など無かった。本当に『相談室の御加護』があったとしても、そんな態度では恩恵も恩寵も受けられるわけがない。


「ねー、純平くんさぁ。マジでコイツ何とかならんの? 付き合い長いんでしょ?」


「ムリ」


「だろうねー。ダメ元で言っただけだから気にしないで」


 完全に諦めモードの純平を見て、光はさらに諦めモードに入る。


 本来で言えばただの自己責任事案以外の何物でもないが、今回は自分の親友に手間をかけさせたという事実が転がっている以上見逃せないらしい。麻衣としては幸いそこまでの労力では無かったので全く気にしていないのだが、光に言わせれば「そういうことじゃ面倒事をどんどん押しつけられるんだからね!」ということだった。これは大学入学前から光が麻衣に対して口を酸っぱくしながら言い続けていることでもあった。


「あの……鳴瀬くん?」


「……ヘイ」


「私は、あの依頼については気にしてないですからね」


「……女神さまぁっ」


「ええっ!?」


 軽口を叩く余裕はあったらしいが、その内容が突飛すぎて麻衣はまた驚く。この手の耐性は一切整えられていない麻衣だった。


「だからマイ! 言ってるでしょ!? アンタはコイツを甘やかしたら駄目!」


「そうだよ宇津木さん! こいつはもう少し痛い目に遭わないと」


 散々な言われよう過ぎて少しでも慰めようと思ったらコレである。どうしようもない。もはや同学部生と親友からの信用度はゼロになっているようだった。


「倉持さんには申し訳無いんだけど、……ちょっとコイツ、しばらく講義間の休みとかで図書館に連れて来てくれないかな。俺もこっちに居るかどうかはわかんないから勝手なことを言いつけてすっごい申し訳ないんだけど」


「ああ、それがイイかも。あたしも資料まとめとかサクッと仕上げたいときとかは今後来るようにするから、コイツ引っ張ってくるわ」


 ――ぎろり。――じろり。


「はい、それで問題ないっす……」


「あはは……」


 何だか少しだけ中央図書館が騒がしくなりそうだ。


 そんなことを思いつつも、麻衣は苦笑いを浮かべるしか無かった。



 

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