2-3: 除籍
「さてさて~、改めてお話を詳しく聞かせてもらうわね」
お手製の水出し煎茶を全員分用意し終わったはるかは、自分用の椅子に腰掛けノートパソコンを開いたところで準備万端ということのようだ。大斗は先ほどまで麻衣が訊いていたことを改めて説明し直す。
ちなみにだがその最中に、大斗にはお茶がウマいと褒められ、光には美人のお姉さまと褒められ、はるかはとてもゴキゲンであるということは付け加えておいてもいいだろう。
「相談内容は、リストに出てこない本の捜索……ってところかしら?」
「はい。講義でよく使われている古い参考書です」
麻衣が確認するように返した。
「なるほどねぇ……。だったら裏の端末室で確認するのがベストよね」
はるかの声音が少しだけ引き締まる。
「やっぱりそうですか」
「裏のっていうのは?」
麻衣は淡々と答えたが、それに反応したのは光だった。
「要するに図書館司書だけが扱えるデータベースと、それにアクセスするためのコンピュータって感じ……で合ってますよね、浜崎さん」
「ええ、それで過不足なし。大丈夫よ」
図書館外の人への説明としてはほぼ問題無しである。麻衣の返答に対して、はるかはニッコリと笑顔を返す。
「ってことは、俺たちはその間……どうしましょうか。さすがにここにお邪魔したままっていうのも……」
「そうね。学生さん達は試験対策がんばっててもらおうかしらね。裏の方はさすがに利用者さんは立ち入り禁止エリアだからね。ココで待機していても良いけれど、外で勉強するのがオススメね。ラウンジに学習スペース、空きがあれば個人用ブースも良いわよ」
「了解っす」
「だったら、あたしもそうさせてもらおうかな」
大斗と光は一旦通常エリアへと戻ることにするようだ。荷物をささっとまとめながら「よろしくお願いします!」と大斗は元気にソファから立ち上がった。
○
大斗と光のふたりを見送ったはるかは自前のお茶をぐいっと飲み干した。
大斗がやってきたときにはるかが不在だったのは書庫整理をしていたからだった。丁度良く水分補給が出来たはるかにとっても癒やしのような時間になっていた。
「純平くんはもう1杯いる? すっごい喉渇いてたみたいだけど」
「あぁ、もう大丈夫です」
純平のグラスはとっくに空っぽである。よほど外を走ってきたのが響いていたらしい。
「じゃあ、私たちは調査に行きましょうか」
麻衣は深呼吸し、小さく拳を握った。
「絶対に見つけましょう」
「あら、マイちゃんスゴい意気込み」
「気になりますしね」
麻衣たちが向かう端末室は新館の奥の方にある。当然、利用者には解放されていないエリアにあった。麻衣や純平も足を運ぶ機会はあるが、その回数は多くない。まだまだ見慣れないモノが多いので自然とふたりの視線はあちこちへと移動していく。
白い壁と蛍光灯の光、机に並ぶ端末はどれも無機質で、静かな機械音だけが響いている。如何にも非公開な空間に、もはや部外者ではないはずの麻衣の背筋は思わず伸びる。
「さて……」
はるかは慣れた手つきで端末を操作し始める。さらりとログイン作業を終えるとあっという間にいくつかのウィンドウを開いた。駿河屋くんならともかく、私はこれを数秒の間にできるのだろうか――と麻衣はこっそり今後の心配をしている。
「普通の検索では出てこなかったのよね?」
「はい」
麻衣が頷く。純平も画面をのぞき込みながら答える。
「タイトルとかの間違いは無かったはずなんですけどね。OPACではゼロ件です。でも、どう考えても授業で指定される本が無いはずないんですよね……。それがどうしても引っかかるというか」
ふたりの反応を見てから再度キーボードを叩きはじめたはるかの横顔は、いつもの柔らかさを失って怜悧な鋭さを帯びていく。グッと厳しくなる眼差しから麻衣は目を離せない。
「……ああ、やっぱり」
「見つかりましたか? それとも何かおかしなデータが……?」
純平が間髪を入れずに訊くと、はるかはモニターを指差す。ふたりの視線も自然と底に吸い寄せられるが――。それを確認するよりやや早く、はるかが答えを言った。
「データ上は除籍済みになってるわね」
「「えっ!?」」
麻衣と純平のユニゾンが端末室に響く。
それもそうだろう。あまりにも信じられない展開だった。
「除籍って……、つまり廃棄されていたってことですか?」
「本来『除籍』が意味するところは、そういうことになるわね」
それが事実だとすれば、書架や館内の検索端末で発見できないことも納得はできる。
ただ、それを事実であると飲み込むには、まだ不自然なところが残っている。
「でも、……どうして? そんなに急に除籍になるなんてことはあるんですか?」
「もちろんそういうことも無くは無いわね。たとえば貸し出し中の紛失とか、あるいは何らかの破損や汚損があったとき。もちろんそういう場合が発生すればそれは周知されるし、理由の記載もされるものなんだけど……。
はるかは麻衣に答えつつも、新しいウインドウを開いている。
「今回の理由は少し違うみたいね。ここを見て」
言われるがままに麻衣と純平は再びモニターへ注目する。
「破損でも紛失でもない。分類コードの更新時に“無効データ”として処理されてる」
「えっ……?」
「じゃあ、それはつまり……」
「そう。この図書館のどこかにはある。もしも本館内に無かったとしても分館などに保管されている可能性はあるってことね」
麻衣と純平は思わずと言った感じでため息を漏らす。『無い』という報告を自分の友人達にしなくて済みそうな可能性が出てきたというだけでも、大きな安心材料だった。
「でも、はるかさん。どうしてそんなことが?」
「んー……あぁ、そういえば……」
何かを思い出したらしいはるかは、再び端末を操作し始める。今度は書籍データの検索ではなくデータベース本体側を確認し始めた。コマンド入力を何度か繰り返した後、しばしそのデータを凝視して、――大きく息を吐いた。
「……なるほどね」
「えーっと?」
「恐らくだけど、データの自動設定ミスがあったのね」
「ミスですか」
「今年度末に一部書籍のデータ移行などの作業があったのよ。もちろん全部のデータをひとつひとつ手作業でやるわけではなくて、ある程度をバッチ処理で一気に片付けるという感じなんだけど、その処理の中で何らかの設定ミスがあったのね」
それがデータ移行時のエラーなのか、そもそも設定から漏れていたのか。今改めて確認を取ろうとすれば時間がかかるので今はやらないという話ではあるが、少なくとも何らかの理由で一部のデータ移行が正常に終了しておらず、そのせいで書籍データの欠落が起きていた――ということらしい。
「なので、正確にはチェックから零れてしまったデータを確認しきれなかった――という感じかしら。まぁ、私たちのミスね、コレは」
――ああ、なるほど。
だからこそ、はるかは今回の依頼に対して積極的に参加してくれたのだろう。麻衣はそんなことを察していた。
「ふたりと、ふたりのお友達には迷惑かけちゃったわね」
「いえいえ、そんな……」
「気にしないでください」
「ありがとう。……まぁ、そういうわけなので、データからはこぼれたけれど、本自体はどこかの棚に残っているはずね」
にこりと優しく微笑んだはるかは端末のウインドウをゆっくりと閉じていく。ログアウトまで完了し、張りつめた空気が一気にほどける。
「リストから零れてもその本は姿を消したわけじゃないの。どこかの棚の奥で、私たちを静かに待っているわ」
麻衣はその言葉を胸の中で繰り返した。
やはりこの人は、ただの頼れるお姉さんではなく、本物の司書なのだ。
「そしてこの感じだと、保管場所の候補は絞られる」
はるかは颯爽と立ち上がり、ふたりを振り返った。
「見つけに行きましょう」




