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クラスのお嬢は身の程なんて構わない!  作者: 舟渡あさひ
歌唄いたちは後悔いらず
89/91

第89話 あなたへ届く恋の歌ですわ


 ✎✎✎




 ――声が聞こえる。


〈側で見てた いつも いつも

 君だけの物語

 眺めるだけ ずっと ずっと

 僕が出演ないお話〉


 お嬢の声が。多々良くんの声が。

 二人の演奏が。みんなの音楽が。


〈成功も失敗も

 嬉しいも悲しいも 全部

 君だけのものだと 背負うのを

 諦めてたハズなのに〉


 歌ってる。私に向かって。


 届け。


 届け。


 届け。


 届け。




 届け――――って。




〈きらきら 輝く瞳で

 その言葉を口にする君が

 羨ましくて〉


 そうやって歌うんですね、お嬢。

 そうやって伝えるんですね、多々良くん。


 本当に、見本を見せてくれるんですね、二人とも。


〈君が「好き」って言ったのは

 知って欲しいと願ったから〉


「――私が、好きって言ったのは」


 いつしか後ろにゆーくんがいた。

 私はもう、どちらでも構わなかった。


〈その胸に満ちるかがやきを

 くれた人を 眩しさを〉


「君がくれたものを、少しでも君に返したかったから」


「綴、お前、声――」


「見ててね、ゆーくん」


〈君の背中を押したのは

 かっこいいって憧れてしまったから

 ハッピーエンドで待つ君の背中

 追いかけさせて〉


「私、歌うから。君に届くまで。何度でも、どこからでも」


 あの日、君が私の手を引いてくれた。


 今度は私が君の手を引くんだ。




 彼らも一緒に目指してくれる――




 ――――あのハッピーエンドに。






 さっきまで楽器と機材がギッシリ詰め込まれていたステージは、私が上がる頃にはすっかり片付いてしまっていた。


 あるのはスタンドマイク一本と――エレクトーン。


 今日、使われなくても構わない。


 私は覚悟を決めた。


 彼らが輝いていた、星空みたいなステージ。


 あの場所へ。もっと高い場所へ。君に声が届く場所へ。


 私は行くんだ。一人でも!


〈ねぇ聞こえてる?

 初めてキミがくれたメロディ

 ほら今も私の中に響いてる〉


 マイクに乗って声が響く。思っていたよりずっと大きい。


 目が、目が、目が。こっちを見てる。あんなに小さなクラスメイトのヒソヒソ声が耳に潜り込んでくる。


 怖い。侮蔑でも、嘲笑でもない。期待の目。感心の声。キラキラしてる。なのに、怖い。


〈ねぇ忘れたの?

 初めて手を繋いだ日の夕日

 キミが私をこの場所に連れてきたの〉


 喉の奥が震える。声が掠れる。足に、お腹に、力が入らない。あんなに覚悟を決めてきたのに。どうしよう。


 立っていられない。声が出なくなる。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう――――!




 〜〜〜〜〜♪




 ――エレクトーンの音がした。


 たったそれだけ。それだけで、折れかけた背中がしゃんと伸びて、胸が張って。声が、伸びる――!


〈足が竦んだ 日もあったけど

 声が震えて 仕方ないけど

 まだ 前へ 前へ 前へ 歩いていける

 目指すのはキミの隣だから〉


 情けないなあ……どれほど凄んで見せても、私一人じゃダメなんだなあ……。


 私の声に必要なのは、君だから――――!


〈資格がない? 交付するよ!

 傷つけてしまう? 責任取って!

 逃さない! 諦めない!

 世界で一人 キミだけは!〉


 ――――あぁ、まぶしい。


〈知らないの 知らないよ

 キミがキミをどう思うとか

 キ・ミ・が! ダ・イ・ス・キ!

 それだけはもう変えられないの!〉


 もっと早く知りたかった。こんな素敵な場所があるなんて。


 もっと早く来たかった。君と一緒に。


 なんで折れちゃったんだろう。

 どうして挫けちゃったんだろう。


 悔しいなぁ……ほんとはもっと、もっと……もっと。自由に歌えていたはずなのに。


 君にはどう聞こえているかな。


 あの頃より弱々しくて、頼りなくなっちゃったけど。


 私の声は、ちゃんと君に届いているかな。


 届いているといいな。


〈キミがスキ ずっとスキ

 声が枯れてもまだ歌うから〉


 響け、響け。私の恋を乗せて。


 どこまでも遠く――なんて言わないから。


〈また私に歌をください

 何度でも〉


 誰より近くにいる君へ、響きますように――――。






 ♯♯♯




 机に向かうのが怖かった。


 俺には何もないのだと思い知らされるのが怖かった。


 あの日から何回ソフトを立ち上げたって、そこに俺の音は見つからなかったから。


「――私が、好きって言ったのは」


 迷って、迷って、どうしようもなく沈み込んだ暗闇。


 そこから強引なクラスメイトに無理やり引き上げられて、あれよあれよと流されるまま――数年ぶりに、その声を聞いた。


「君がくれたものを、少しでも君に返したかったから」


「綴、お前、声――」


「見ててね、ゆーくん」


 あいつは前を向いていた。堂々とした背中だった。でも手が震えていて、俺はそれに気がついていたのに。


 あいつは逃げなかった。


 心臓の底から声がする。


 ――――で? お前はどうするんだ? 音居裕詞。


「私、歌うから。君に届くまで。何度でも、どこからでも」


 気づけば俺は踏み出していた。


 吸い寄せられるように、あいつの立つステージへ――――。






 エレクトーン。


 上鍵盤でメロディを。

 下鍵盤で伴奏を。

 ペダルでベースを。


 一人で重音を奏でられる、この舞台に相応しい楽器……なのに。


 指が震える。鍵盤を押す力が全く足りない。


 出てこない。なにも。音楽が出てこない。


 息苦しくて、真っ暗で、もう目を瞑って塞ぎ込んでしまいたくなる深海の底。


〈ねぇ聞こえてる?

 初めてキミがくれたメロディ

 ほら今も私の中に響いてる〉


 そこに光が差し込んだ。


〈ねぇ忘れたの?

 初めて手を繋いだ日の夕日

 キミが私をこの場所に連れてきたの〉


 白む視界に泡が浮く。ポツリ、ポツリ。思い出が浮かび上がってくる。


 聞こえてるよ。


 忘れてねえよ。


 忘れられたことなんて、一度もねえよ――!


 鍵盤が沈む。音が響く。


 くそ、多々良め。結局あいつの言う通りだった。


 俺の音はずっとあったんだ! ここに!


 綴の声が響く場所に――!


 背中から声が飛んでくる。


 あれだけ目の前に観客がいて、俺だけに。


 ――馬鹿みたいに真っ直ぐで。


 ――掛け値なく力付くで。


 ――照れくさいほど飾らない。


 俺だけに向けられた恋が、飛んでくる。


 悩んでしまう。不甲斐ない俺だから。


 どうやって応えようか。口下手な俺なりに。


 お前みたいに詞に出来ないけど、精一杯言葉を探してみせるから。


 だから、また――――


〈ずっと側で支えてください

 いつまでも〉


 最後の歌詞が聞こえた途端、涙と笑顔が突っ込んできて。


 まだ終わらないアウトロごと、俺を椅子から吹き飛ばして言った。


「だいすきっ!」


「俺の、方こそ」


 やっぱり足りない。こんな言葉じゃ。


 だから溢れた分は、また曲にして贈り返そう。


 それでも足りなければ、もう一度。

 まだ足りなければ、何度でも。


 そう決めた。


 抱き寄せた背中に、かつての日々を思い出しながら―――――。

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