第83話 一流の――変人ですわね
それでもやはり、というべきか。
真っ先に行動を開始したのは、他の誰でもなくディナだった。
「確認が取れましたわ。確かにオトイは早退してますわね。司先生にも話は通っていますし、保健室の利用記録もありましたわ」
「え、まさかきゅーり……」
「違うよぉ!? まだ吸えてないもん!」
まだて。諦めてないんだなぁ、脳みそ。真っ先に瓜守さんを疑う留目さんも留目さんだけど。
「普通に体調不良じゃねーの?」
「でもこのタイミングよ? 絶対逃げたのよ。間違いないわ」
「決めつけはよくないですわよトーカ。しかし、このままでは困るのも確かですわね……どうします? 吹」
「うん……」
ディナに相槌を打ちながら、そっと譜久盛さんの様子を窺う。
ディナが確認に行ってくれていた間に落ち着きを取り戻したらしい。今はもう静かに、一人でステージに立つ覚悟を固めているように見える。
彼女は本当に強い人だ。けど、強い人は傷つかない人だろうか。決して折れない人だろうか。
もしそうなら――
――〚私はどうして、彼に好きと伝えてしまったのでしょう〛
もしそうだったなら。
あんな風に涙を流したりはしないはずだ。
「行くよ、音居くんのところに」
「正気か? フッキー」
「うん。出番、四番目だからまだ時間あるよね」
「そうだが……そっちじゃなくてな……」
「どうかしましたの? リリカ」
「いや、どうかというか……なあ、お前らさ、ツヅリンのほうに傾倒しすぎじゃねーか?」
酷く言いにくそうに、あるいは、呆れたように、奈須さんは言った。
「普通に体調不良かもしれないし……そうじゃなくても。そこまで嫌がるやつを無理にステージに引っ張り上げようってんなら賛成できねーんだけど」
「それは……」
正直に言えば、考えなかったわけじゃない。
こんなのは余計なお節介を越えてただの迷惑じゃないかって。
けどその想いは俺よりも、譜久盛さんのほうが重く抱えていて。
そして俺は知っている。
夏休み前も、明けてからも、ずっと。いつでも。音居くんのイヤホンから鳴る音楽はsizuriだけだったこと。
だから、信じられるんだ。
仕方がないって諦めるより、別の何かで埋め合わせるより、ずっといい未来が待っているってことを。
「それは今から、確かめてくるよ。知らなきゃなにも選べないから」
「……っはぁ、お前、意外と頑固だよな」
「なんかよくわかんないけど、いったれ多々良! 臆病者を引きずり出せー!」
「遅れたらMC多々良くんにしよっかぁ」
「「あ、それいい」」
「急いで行って急いで戻ってきます!!」
MCは無理! MCは無理!!
ガチガチに緊張してみるも無惨なステージにしてしまう気しかしない!
「吹」
「MCは無理!!」
「それならなおさら、足が必要じゃありませんの?」
早まった俺にスマホをチラつかせるディナ。その一言で察する。
うちのお嬢は本当に――頼りになりすぎる!
「ありがとう! 行ってきます!!」
「なに? どゆこと?」
「知らん。それよりほれ、あたしらはあたしらの準備を進めるぞ」
「おぉー!」
いつもの和やかな声に背中を押されて教室を飛び出し、校舎を飛び出す。
家に帰る人。グラウンドに設置された後夜祭ステージに向かう人。
すれ違う顔は様々で、でもどれもみんな、満足気だった。
音居くん。君一人、膝を抱えたままにはさせない――!
校門を飛び出せば、すぐ目の前に人の壁が見えた。なにかを避けるように、空間を抉り開けるように薄く蠢く人の波。
あれだ。一言断って道を開けてもらい、その先へと踏み込んで。
俺は一台の黒塗りの車の窓を叩く。
機械音とともに下がる窓の向こうから、見知った声が飛んできた。
「どちらまで?」
「友達の家までお願いします――瀬場さん」
言い終わる前から後部座席のドアが開く。流石バーネロンド家。
家が一流なら、執事も一流だ。




