第80話 そう言えば吹は失言キャラでしたっけね
例えば有名私立だとか、お嬢様学校だとか。そういう場所だと、たとえ文化祭でも入場者に規制がかけられているケースがあるらしい。
うちがそうなのかといえば、まあ当然、そんなわけはない。むしろ文化祭は学校説明会以上に中学生たちへのアピールの場になり、来年度の入学希望者数を左右する大事なイベントとなる。
すると当然、開催は土日になるし、客足もぐんと増える。いつも生徒たちだけでそこそこ賑わう廊下に、外来客が混じってミチミチになる。
そんな廊下を、人を避け、人に避けられながら進むその真後ろに、まるでコバンザメがごとくピッタリ張り付く人影が一つ。
「……春永さん、俺を人よけにしてn」
「ない」
食い気味にかぶせられた。しかし半身になりながらそっと後ろを窺ってみると、快適そうな澄まし顔がそこにある。
嘘じゃぁん……。
「多々良、あれ」
「ん、なに……チュロス? あんなのも売ってるんだ」
「ね」
「……食べたいの?」
「うん」
「買ってくる? 俺ここで待ってるから」
「ところがどっこい。キャンプで金欠なんだよね」
「…………奢れって言ってる?」
「言ってはないよ。そうなったらいいなと思ってるだけで」
「……一本だけね」
「いぇい」
物欲しそうな目に耐えかねて、文化祭クオリティのチュロスを二本買い、片方を春永さんに渡す。
それを「チープ」と無駄な一言で評しながらもペロリと平らげた春永さんは、結果として、一本で済ませてくれたのはあくまでチュロスだけだった。
まるで捨て犬を思わせるようなおねだりアイで見つめてくる春永さんに、俺は連敗に次ぐ連敗を喫し、昼前の比較的空いた食堂にたどり着く頃には、春永さんの前には立派な軽食マウンテンが出来上がっていた。
誰か、明日までに「野良春永にエサをあげないで」の看板を建てといてください。マジで。
「いやあ、文化祭っていいもんだね」
「そう思うなら少しは食べ物以外の出し物も回らない?」
「興味ない」
大食いキャラは譜久盛さんで十分なのに……。そう思う俺の目の前で、春永さんはラムネ菓子が混ぜ込まれた綿あめと焼きそばを同時に口に放り込む。
そうだった。こっちは悪食キャラだった。
「次はなに買いに行く?」
「もう奢りません。どうしても食べたいものがあるなら他の友達に頼んでください」
「陽香はまだシフトでしょ」
「ならディナ……も同じシフトか。クラスの友達は?」
「……………………」
あっ、地雷踏んだ……?
今日はやけに柔らかいな、と思っていた雰囲気が一気に重くなる。
「もしかして、いな――」
「〝作ってない〟の。どうせ離ればなれになるから」
――こんなことを考えていたら、ディナに殺されてしまうかもしれないけど。
「……なに」
「ううん、別に」
雰囲気が柔らかかったのとか。やけにピッタリ張り付いてくるのとか。普段は滅多に自分から話しかけてこない癖に、今日はやたらと多々良多々良と呼びかけてくるなとか。
そう感じていたあれやこれやが、なんだかとても可愛らしく思えてくる。
もしかして寂しかったのだろうかとか。知り合いと会えて安心したのだろうかとか。そういうことを考えてしまって、つい。
「その目やめて」
「生憎と、自分の表情は自分じゃよくわからなくてね」
ただ、前に春永さんに評されたよりは、ディナに言われたような、そんな目をしていたらいいなと思う。
当の春永さんは煩わしげに顔を背けてしまったけど。
「別にいいでしょ。文化祭もこうして友達と一緒に回れてるんだし」
「……えっ? 俺のこと?」
「他に誰がいるの」
そうか、友達か。友達と思ってくれていたのか。同族嫌悪だのなんだのと言われていたので、どちらかといえば嫌われているほうだと思っていたのに。
そっか……!
「その顔やめてってば」
「自分じゃわかんないんだってば」
やっぱり似た者同士、なんてのはあくまで局所的な話でしかないのだろう。
だってほら。俺の機嫌の上昇に反比例して不機嫌になっていく。ごめんて。
「言っておくけど。陽香と写真を撮るようになったからって、私の問題が解決したわけじゃないから」
「……うん」
「陽香との写真まで呪いになったら多々良のせいだから」
「うん」
「だからそうなったら、多々良が責任とってよ」
きっと、こういうことなんだと思った。
人と関わるっていうのは。
舞台の幕が引くみたいに、綺麗に終わりがやってきたりはしない。
死ぬまでずっと、ずっと続いていく。自分の選択の延長線が延び続けていって、最後までたどらなきゃ、一つ一つの選択が正解か不正解かなんてわからない。
三角さんと春永さんが、二人で同じ未来を作っていくようになったことだって。
だから。
「うん。会いに行くよ。君が寂しいときは、どこにいても」
続きをずっと歩いていくんだ。願った結果に繋げられるように、ずっと。
「……なにそれ、彼氏みたい。そういうのは私みたいな女らしくない奴じゃなくて、お嬢みたいな子に言いなよ」
「春永さんも女の子らしいと思うけど」
「……なに? 口説いてる?」
「いや、そうじゃなくて、だってほら――」
とりあえず、まずは。
「前に公園でぶつかったとき、『きゃっ!?』って可愛らしい悲鳴を――キャンッ!?」
失言をすね蹴りで責められキャンと鳴かされたことは、続きからじゃなくやり直しさせてほしい。