第76話 衝突も青春の一ページ、になるといいのですけれど
「よかったねぇ。順番変わってくれる人がいてぇ」
「そりゃトリだからな。どこだって欲しがるだろ」
「なすびも『やっちまった』みたいな顔してたじゃん。あぁでもちょっと、勿体なかったな〜……」
「すみませんわね、私たちの都合で」
ぞろぞろと視聴覚室から退散する俺たち。あの後、最後の一枚、譜久盛さんたちの丁度一個前である4番のクジを引いた先輩が土下座してきた。
勿論それを見て、他の組も「それなら俺たちも」と交渉を試みてきた。ただ、この日のために三年間の全てを賭けてきただの、条件があるなら裸踊りだろうがなんだろうが全て答えてみせるだのと、一番の覚悟を見せてきた三年生の彼に全員絆されてしまった。
ちゃっかり当日のステージ設営のすべてを丸投げした奈須さんは、絆されたのとは違うだろうけど。
「さて、これでもう余計な雑事は全部片付いたな。練習すっぞ〜」
「あの、今日のところは、俺たちはこれで〜……」
控えめに手を挙げながら申し出てみる。よかった。功を奏したみたいだ。奈須活火山はいきなり噴火することはなく、静かに怒りを滲ませる。ふつふつ、ふつふつと。怖い。
「あのな〜……フッキー……」
「はい」
あぶない、すんでのところで踏みとどまれた。気迫だけで正座させられてしまうところだった。
「わかってるよな? 時間ないの」
「もちろんです」
「課題が一番多いの、お前だってのもわかってるよな?」
「おっしゃる通りです」
「そもそもお前らが言い出したことだよな? 混ぜろって。そのお前らが練習に出ないなんてのは、筋が通らねえよな?」
「今日だけ! 今日だけ何卒!!」
「私からもお願いしますわリリカ。明日以降であれば居残りでもなんでもいたしますから」
ディナからの申し出に奈須さんの気迫が少し緩んだ――かと思った。けど勘違いだった。据わってる目で真っすぐ見られる。
「なんの用か当ててやろうか」
その目が狙い済ませていた場所が、まさに俺たちのウィークポイントだった。
「またツヅリン関連なんだろ」
ディナの顔に揺らぎはない。あったのは俺の方。ギクリと、図星を突かれたのが顔に出た。
「別にな、なにもウチでの練習を最優先事項にしろとはあたしも言わねーよ。事情は人によっていろいろあるだろーしな。けどお前ら、ツヅリンのためにウチらんとこに混ざりにきたんだろ」
「……ええ、そうですわね」
「ツヅリンのためにウチに来て、ツヅリンのために練習を休んで、ツヅリンの問題を片付けて。で? ウチらは? 本来の目的が果たせりゃウチらのステージはどうなっても構わねーか?」
「そんなこと――!」
「そうだよなフッキー。約束したもんな、踏み台なんかにゃしねーって。けどお前ら、まだまだ課題は山積みだよな? 本番までに解決しきれるかも怪しいよな? それならまずこっちを片付けてからそっちの用事に向かうのが、目的はどうあれ協力関係を結んだあたしらへの礼儀じゃねーのか?」
正論だった。どこまでも。親に叱られた子どものように俯いていることしか出来ないほどに。
どちらかのためにどちらかを蔑ろにするつもりはなかった。どちらにも誠実でいるための行動を心がけたつもりだった。
つもりなだけでしかないことを思い知らされた。考えが、足りなかった。
「わかったら練習するぞ。そっちに行きたきゃさっさと仕上げるしかねーんだから」
「なすびの言うことはもっともだと思う」
奈須さんがベースを取り出そうとした手が、留目さんの声に止まる。
「だから、条件付きであたしが許可する」
「……あ?」
「まず一つ。本番一週間前までには必ず、なすびを納得させる演奏をすること。もう一つ。閉会式のとき発表される順位で譜久盛より下になったら、あたしらのライブ代一回分負担すること」
「おいとめと、お前なに言って――」
「最後に――新曲は、多々良が歌うこと」
ロッカーが大きく悲鳴を上げた。奈須さんに襟首掴まれた留目さんの背中が、勢いよくぶつかったせいだ。
俺と瓜守さんがテンパってソワソワしだす。
「ちょっ、リリカ、暴力はいけませんわよ!?」
珍しくディナまで慌てた様子で、盛大にブーメランをぶん投げた。
奈須さんも留目さんも、反応一つしなかった。ただお互いだけを睨んでいた。
「お前……なに言ってんのかわかってんのか!?」
「わかってる。ごめんなすび。あの歌、あたし歌えない」
「歌えねーってなんだ! フッキーの作詞だからか!?」
「そうよ」
「てめえが出さねえからフッキーが出してくれたんだろうが! 歌まで投げ出したらじゃあてめえは一体なにすんだよ!」
「『野菜』はちゃんとあたしが歌うし、新曲もギターはあたしがリードする。でも歌は歌えない。あたしの歌詞をいくつもボツにしてくれたあんたなら分かるでしょ、あれをあたしが歌うことになったらどうなるか」
今度は図星が奈須さんの顔に出た。下唇を軽く噛むのが見える。
「……だからって、目玉をゲストに任せっきりに出来ねーだろ! あたしらのステージなんだぞ!」
「そうよ。あたしたち五人のステージなの。ゲストもメインもない。同じステージに立つ以上、たった一回きりだとしても、あたしらは全員で〝おやさい販売機〟なのよ」
ついに奈須さんは返す言葉をなくした。留目さんは攻める手を緩めなかった。
「全員が目の前のステージに本気でいることをやめない。それが〝おやさい販売機〟でしょ、なすび」
「……勝手にしろ」
奈須さんは留目さんの襟を手放すと、一人静かにベースを手に取り、練習を始めた。声は、掛けられなかった。
「そういうことだから。悪いけど多々良、あんた明日から歌の練習も入れるからね。もう休みなんて取れないと思っといて」
「それはいいんだけど、あの、本気で俺? 歌なんて全然歌えないけど……」
「だいじょぶ! 合宿のとき歌ってた『星』ちゃんと上手かったから!」
なんて真っすぐ屹立したサムズアップ。歌ってたというか君が歌わせたんだけども。
「それなら、私に任せていただけませんこと? ツヅリに伝えたいことは私も同じですし、吹にはコーラスをお願いしますから」
「後ろでキーボードが一人で歌ってるのも、なんかアレだもんねぇ」
ようやく焦りが落ち着いた瓜守さんからもフォローが入る。コーラスは確定なんだ、とは、言わない。それがわがままを聞いてもらえる条件なら甘んじて受けよう。
「……まあそれでもいっか。じゃ、そゆことで」
留目さんもヒラヒラと手を振って練習に向かい、俺たちは用事に向かわせてもらえた。
去り際に瓜守さんが「ごめんねぇ」と控えめに謝ったけれど、「こちらこそごめん」以外に返せる言葉は持ち合わせなかった。
行間に「なすびを悪く思わないで」という願いがたっぷり込められていたけれど、そんなの言われるまでもない。
彼女はどこまでも〝おやさい販売機〟というバンドを守ろうとした。その姿を尊敬しこそすれ、悪いようになんて思いようがない。
「彼女たちには迷惑ばかりかけますわね」
「うん……ちゃんと応えなきゃ」
バンド内の空気を悪くしてまで俺たちが向かったのは、夏休みに譜久盛さんと会うのにも使ったファミレスだった。
先に席を取っているというメッセージが来たのは確認していたので、店内に入り、店員さんに待ち合わせの旨を伝えながら辺りを見渡す。
慣れ親しんだ相手ではないからか。相手が先にこちらを見つけ、恭しく頭を下げた。
「おまたせしましたわね」
「いえ、お呼び立てしたのはこちらですから」
俺たちが席につくとまた深く頭を下げたのは、あの夏祭りで出会った譜久盛さんの旧友。
あるいは、仇敵。
「それでは、聞いていただけますか? 私の――懺悔を」
長谷川はとさん。
かつて譜久盛さんを村八分にしたうちの一人であるらしい。




