第73話 人形焼が200体は吸い込まれていきましたわ……
〚お嬢たちも来ていたんですねぇ (*´3`)-з ケプ〛
「ええ、まあ……」
これで勘弁してくれと差し出された二十パックのたこ焼きをケロリと平らげ、まだいけるなとお腹を擦りながら挨拶してくる譜久盛《規格外》さん。ディナの返事は疲れ気味だ。
俺としては、暴走が止まってくれて助かった。そして。
「音居くんも来てたんだね」
「……まあな」
「ちゃんと仲良くしているんじゃありませんの」
「こいつが屋台ごと食い尽くさないように親に言われてんだよ……そっちこそどうなんだ。二人で来てんだろ」
「いえ、例のバンド仲間とですわ。ちょっと今はぐれてますけれど」
意図的にね。はぐれてるけどね。
つまらなそうに鼻を鳴らす音居くん。その手は屋台に吸われていきそうな譜久盛さんの襟をがっしり掴んでいる。
事情はどうあれ。仲良く過ごせてそうでよかった。
〚お嬢! お嬢! 人形焼ですよ! 甘くて軽くて無限に食べられるやつ! ( ✧﹃✧)ジュルリ〛
「いくら貴女でも無限には無理ですわよ」
音居くんの手を振り切って屋台へ向かう譜久盛さんにディナがついていく。仕方がないとため息をつきながら僕たちも。
「……お前らの差し金か?」
不意に、隣を歩く音居くんから投げかけられた。
「なにが?」
「とぼけんな。この前綴が持ってきた詞。お前らが一枚噛んでるんだろ」
えっ、と一瞬驚いたけど、すぐに視界の中で一際明るく映える緋い髪が目について、察してしまう。
「……俺は、知らない。けどたぶんそれはディナが手伝って、譜久盛さんが自分で頑張ったことだよ」
こっちの練習だって大概ハードワークだったのに。裏でも動いてるなんてすごいなと思えばいいのか、俺にも声をかけてくれたらよかったのにと思えばいいのか。
「いずれにしても。俺の意志は変わらない。ステージには立たない」
「譜久盛さんの過去のことなら、君のせいじゃないよ。譜久盛さん自身の失敗が原因で――」
「そうだな。そう聞いてるだろうな。あいつはなにも、知らないから」
「知らない? って、なにを?」
音居くんの眉間のシワが深くなる。そういえば、彼の側の話をきちんと聞いていなかった。
譜久盛さんの話では、音居くんが譜久盛さんに合わせて作った曲調のせいで周囲と溝ができた。譜久盛さんが孤立したのもそのせいだと思っている。という感じだったと思うけど……。
「話せば諦めてくれるのか?」
「それはたぶん、変わらないよ。アプローチの仕方は変わるかも知れないけど」
「正直だな……なら、わざわざ話すこともない」
突っぱねられた。仕方がない。口先だけの約束で引き出すことは出来たかもしれないけど、それはしたくない。
けれど、まだ譜久盛さんも知らない事情が彼にあるのなら。それは知らないわけにはいかない。どこかから仕入れなきゃ。知っていそうな人には……ちょっと、心当たりないけど。
「ちょっとオトイ! 貴方も止めるの手伝いなさい! この子本当に手加減しませんのよ!?」
〚おかわりーーー!! щ(゜Д゜щ)カモンヒア!〛
呆れ顔で人形焼の屋台へ向かう音居くんの背中に、せめてこれだけはと言葉を投げる。
「今日! ……今日、文化祭で一緒にステージに出るみんなと路上ライブするんだ。よかったら見に来てよ」
「……興味ない」
背中越しに帰ってきて声はひやりと突き放すようだった。俺には、彼を引きつけるような力がない。きっと見に来てもらっても、ステージに立とうと思わせることも出来ないだろう。
伝えたいことがわかっても届け方がまだわからない。どうしたら届くだろう。心を閉ざした君に、俺の声は。
どうしたら届くだろう。
「吹も早く!!」
「ごっごめん!」
ひとまず、人形焼を飲むように消費していく譜久盛さんを屋台から引き剥がさなければならなかった。