第71話 バーネロンド流射撃術……というより射的術ですわね
ガヤガヤと耐えることのない雑音。
入り混じる人。人。人。
手にはバリエーション豊かな小物に食べ物。そして装いは、かなりの割合で浴衣。
俺の初舞台。初路上ライブ。
そのシチュエーションは――なんと夏祭りである。
……マジで?
*
『というわけで、今日開催される花火大会で路上ライブをやります』
奈須さんの宣言にまず疑問を投げたのは、当然のごとく、俺だった。
『花火大会でライブって、大丈夫なの?』
『だからこそだよフッキーくん。夏休み最後の祭り! 花火大会! とくりゃあ、当然人も大勢来るわけだ』
『それを全員、あたしたちの音で骨抜きにしてやるわけね!』
『んにゃ、全然違う』
『あれっ!?』
拳を握って勢いよく立ち上がり、そしてずっこける留目さん。奈須さんがかける言葉は、子どもに優しく諭すよう。
『人が大勢来る、お祭り騒ぎ、となれば当然トラブルも起きる。すると警官の目も厳しくなる。屋台周辺や観覧席は特にな』
『そこをあえて狙うってことは、つまり……?』
『花火の真っ最中、警官が他に手を焼いてる隙に人気の少ないところでこっそりやります』
『『えぇ……』』
ディナと留目さんからは落胆の声が漏れるけれど、俺は正直助かった。
いきなり何十人何百人、って人の前に立たされると考えただけで……ほら。手が震えてきた。
『とにかくそういうわけだから。今日の練習は路上で演る星と野菜の二曲! 早めに切り上げて祭り会場で再集合! ってことでほれ、練習開始〜』
『『『『は〜い……』』』』
*
とまあ、こんな感じで。
奈須さんの号令で練習を始めたのが今日の朝。
俺が再集合場所に到着したのがついさっき。日暮れ時である。
俺が最初なんて珍しいな。集合場所間違えたかな。
と、そんな風にキョロキョロ辺りを見渡していると、答えはすぐに歩いてきた。
「おいーすフッキー」
「お待たせしましたわね」
「ごめんねぇ。着替え手間取っちゃったぁ」
黒、赤、黄。色鮮やかな三人の到着により、この場の浴衣割合が一気に――三人?
「あれ、留目さんは?」
「ああ遅刻の原因な。いるぜ、後ろに」
奈須さんが半身ずらすと、屈みながら奈須さんの帯にしがみつくような姿勢の留目さんがそこに。
「いったぁ……指の間いったぁ……!」
「下駄で飛んだり跳ねたりするからですわよ」
「犬ころみてーにはしゃぎやがって。お陰で無駄に目立っちまった」
「うぐぇ」
メンタルにも追い打ち入ったなぁ今。
「絆創膏あるけど、使う?」
「ごめ、多々良貼って」
「えっ」
「早く……! 裂ける前に早く!」
「裂けろ。もういっそのこと裂けろ」
「なすびうっさい」
奈須さんにしがみつきながら下駄を脱いだ足を前に出す留目さん。
確かにちょっと座れそうなところも見当たらないけど、マジで? マジで俺がやるの?
「あっあっコケるコケる!?」
「おいあたしまでコケるだろーが!? 手ぇ離せバカとめと!」
「離すわけないでしょちゃんと支えてよアホなすび!」
ダメだ迷ってる暇はない!
包装を剥がす。屈む。ぺたりと貼り付ける。
たったの三工程が妙に長く感じた。今十分くらいかからなかった? 数秒? ほんとに?
「ふぅ……ありがと多々良」
「いえ、どういたしまして」
当たり障りのない返事をしつつ距離をとる。と、背後にディナが寄ってきてポツリ。
「よかったですわね。女子高生の生足に触れて」
「わざと変な言い方するのやめて」
あとその黒い目もやめて。
「はぁ〜あ余計な時間食っちまった。ほれはよ行くぞ。あたしたこ焼き食いてーんだよ」
「バカなのなすび? いきなり食べたらお腹いっぱいになって歩けなくなるでしょ。まずは遊びよ射的すんのよ」
「ねぇどこかに型抜きなぁい?」
各々が各々マイペースだなぁ……。
呆れながら後を追おうとする。そして――突如首が締まる。
「ぐえっ!? えっ、なに? なんで今襟引っ張られたの……?」
「危ないですわよ吹。ここは人通りが多いですから」
「人混みより危ない目に合わせなかった? 今」
「それより吹」
「なにさ」
「はぐれてしまいましたわ」
振り返る。そこには人の波。ざわざわとうねる人の波。
留目さんたちは……ちょっと見当たらない。
「……電話してみるね」
「まだそう時間もたっていませんし、すぐ追いつけますわよ。ほら、行きますわよ」
「手を引かなくても自分で歩け――そっち逆方向じゃない?」
「吹ともはぐれたら大変ですもの」
「それより方向逆じゃない? ねえ」
「そうだ、はぐれたお詫びでも獲っていきましょうか」
無視。完全なる無視。
こうなってはもう、満足するまで付き合う他ないだろうなぁ。
手を引かれるまま射的の屋台へ。少しひやりとした、すべらかな手が離れていく。
「やってます?」
「そんな居酒屋みたいな」
「らっしゃい! 十五発五百円! だけど……嬢ちゃん別嬪だから五発サービスだ!」
「あら、気前がいいですわね」
屋台の気さくなおっちゃんに五百円を払い、銃にコルク弾を詰めるディナ。
ゆったりとした、でも洗練された動き。
バーネロンド流射撃術とかないよね?
「ぜんっぜん倒れねーじゃん! 釘とか打ってんじゃねーの!?」
「はっはっは! ボウズ、そんな漢が廃るような真似ァしてねぇよ」
隣で賑やかに不満を訴える小学生にも、答えるおっちゃんにも目を向けず、ディナは銃を――振りかぶっ……て……?
「そぉいっ!」
スパコーーン!!
「ふむ。釘はありませんでしたわね」
落下する、隣の小学生が狙ってたエアガンの箱。硝煙など出ようはずもない銃口をフッと吹くディナ。
ポカンと口を開けて呆けるおっちゃん、小学生、そして俺。
じゃ、なくて!!
「あの、ディナさん?」
「少しお待ちなさいな。今吹の分も取って差し上げますから。ああ店主、そのエアガンはそちらの少年に」
「いやじゃなくて。なにしてんの??」
獲物を狙う鷹のような目をくるりとこちらに向けると、それは呆れをにじませたものになって。
「考えればわかるでしょう? こんな銃では大した威力は出るはずありませんわ」
「……うん、で?」
「だからこうして、自分で遠心力を加えるんですのよ。発射と投擲を合わせるイメージで……そぉいっ!」
ブンッ! スパコーーン!!
「ね?」
「ねじゃなくて」
これはどう言えば止まるんだ?
思案する間に、ディナが小学生に囲まれ始める。
「すっげーー!! 姉ちゃんそれどうやんの!?」
「俺も! 俺も教えて!!」
「あらあら。順番ですわよ」
あらあらじゃないよ。こらこらだよ。
そんなの教えたらPTAから苦情が来るよ。
「嬢ちゃん……」
「ああ店主、その駄菓子は後ろの彼に。それでは少年たち、よく見てますのよ。見本はあと十八回しか――」
「嬢ちゃん、出禁」
「えっ」
それはそう体操♪
ちゃんちゃん♪