第7話 いっしょのかえりみち! ですわ!
思えば、誰かと肩を並べて帰路につくなんていつ以来だろうか。
あれ、本当にいつ以来だろう?
小学生かな……? そうだ。
小学校の集団下校以来だ。
「仮にも自分を好いている女性と二人で歩いているときに、そう遠い目をするものではありませんわよ」
「ごめんなさい」
叱られた。俺は反省できる人間。遠い過去から目を背けて、今隣にいる人を見る。
目があった。にっこり満面の笑み。
「それでよろしいですわ」
今からも目を背けた。
眩しい。そして気まずい。
振った相手と並んで歩く帰路、気まずい。
目を逸らしたせいか、なにやら不満げなオーラが漂ってくる気がするけれど、とても確認する気は起きない。むり。
「そういえば、良子とは同じ中学だったんですのね」
「ああ、うん。一応」
話は変えてくれるらしい。
よかった。助かった。
「ふぅん?」
あれ? 助かってない? アウト?
ジト目がこわい。
「あ、あんまり話したことはないんだけどね」
なぜ俺は浮気を疑われた男ムーブを振った相手にかましているのか。
こわいからかな?
何もないのに変に怪しくなるのは、怯えているからじゃないのかな?
「ふふっ、何を慌ててますのよ? 別に誰と仲良くあろうとも貴方の自由でしょう?」
「う、うん。でも本当に仲良くはないよ?」
「まあ、それも知っているのですけれどもね。良子を掘り下げても貴方の話は大して出てきませんでしたし」
「……ひょっとして俺、からかわれた?」
「少しだけ」
空を摘むジェスチャー。
いたずらな笑み。
美少女ってずるい。
「でも、少しは出てきましたわよ。以前助けたことがあるそうですわね」
「……?」
「この流れでそんなきょとん顔出ます……?」
「いや、まあなんとなく思い浮かぶことはないでもないけど……本当に大したことはしてないよ?」
「そうですの? でも言ってましたわよ。多分、気づいてたんだと思うって。詳細は教えてもらえませんでしたけれど」
それはつまり、俺が佐藤さんの事情を察して余計な気を回したことが彼女にバレているということで。
俺としてはそっちのほうが大問題なんだけども。
「一体何をしたんですの?」
「黙秘権を行使するよ。他の関係者にも悪いしね」
「ふぅん? 貴方がそう言うならこれ以上は聞きませんわ。どうせ私の時と似たようなものでしょう」
そう言われて、ギクリとした。
やはり、都合よく忘れてくれてたりしないか。
とても、助けたなんて言えるようなことではないのに。
「覚えてるんだ……」
「それほど前のことでもないでしょう。それに、貴方を意識するきっかけですもの。忘れませんわ」
きっかけ……? アレが…………?
GWにショッピングモールで外国の方に挟まれているのを見かけたけど、ナンパでもされているのか、道を聞かれているだけなのかもわからないから警備員さんに丸投げしただけなのに。
警備員さんを呼んだのが俺だってことがいつバレたのか、あとから追いかけてきた彼女に、
『自分は強いんだから助けてもらわなくても大丈夫だったのに』
みたいなことを言われて、
『強かったら人を殴らなきゃいけないの?』
みたいなことを素で聞き返してしまい、家で一人反省会を開く事になっただけの出来事なのに。
あっ、思い出したら辛くなってきた。
「どちらかといえば普通、顔を赤らめる場面ではなくて?」
「青ざめてる?」
「真っ青ですわ」
顔に出やすくてすまない……黒歴史なんだ……。
「はは……他人に頼らず自分でかっこよく助け出せてたら、もっと胸を張れたかもしれないんだけどね」
「『俺のツレに何か用?』のやつですわね! 次はそれでお願いしますわ」
「遠慮しておきます」
百歩譲って、頑張ってやってみたとしよう。
俺が出ていったところで素直に引いてくれる人ならいいけれど、そうじゃなかったら?
『こんな冴えないやつ放っといて俺らと遊ぼうぜ!』
『バーネロンド流格闘術ー!』
『グワァ!!』
結局こうなるのが目に見えている。
そこらの冴えない高校生と警備員。
どちらが頼もしいかなんて比べるべくもない。
「前の時は、貴方は『目撃者』でしたわね」
「え? うん、そうだね?」
「『同行者』でも、果たして同じ手段を取るかしらね?」
それは、その時が来たら助けてくれると信じ切っている言い方だった。
その信用は一体、どこから来るのだろうか。
「……そろそろ、駅だね。バーネロンドさんはどっち?」
自分では否定も肯定もできず、露骨に話をそらす。
心底可笑しそうにクスリと笑われるのがむず痒い。
「貴方と同じですわ」
「そうなの?」
「ええ」
話しながら、彼女は本当に同じ線の電車に乗ってきた。
比較的空いた下り線の電車内で、ドア付近に二人で立つ。
「座らないの?」
「貴方も立っているじゃありませんの」
「俺は近いから。バーネロンドさんは?」
「貴方と同じですわ」
最寄り駅が……同じ……?
いや、違うかな。最寄り駅が近いから座らなくてもいいのが一緒ってことかな。
あの駅使っててこんな目立つ人見たことないし。
「そういえば、先程聞き忘れていましたわね。貴方から見て、良子ってどうかしら?」
「どう、とは?」
「気になるじゃありませんの。好きな人が自分以外の女性をどう思うのか」
好きな人が云々の会話カード、禁止カードにしてほしい。
それ出されると絶対に勝てないので。
「普通に、いい人だなって思うよ」
普通に、というのは余計かもしれないけれど、しかしこれが意外と、彼女自身が掲げている言葉でもある。
勉学、運動、容姿、全てが平均的(明確な基準のない容姿までそこに含めるのはどうかと俺は思うけど、本人がそう言うのだから仕方がない)。
普通に優しい、普通の女の子。
それが佐藤良子という女子を端的に表した言葉だと思う。
表面的には。
「その割には、少しあの子に怯えているように見えるときがありますけれど」
そんなに俺、顔に出やすいかなぁ……。
「怯えてるわけじゃないけど、ちょっと、彼女の趣味がね」
「趣味? なにか変なことでも?」
「いや……いいことだとは、思うよ? ただ、熱量がね……」
表面的には、普通のいい人。
だけどどんな人にも、尖った一面は存在する。
俺はその事を、佐藤さんで強く実感したというだけの話だ。
「ちなみに、内容を聞いても?」
「彼女と友達でいるなら、きっとそのうちわかると思うよ」
その時、このお嬢ですら引いてしまうのではないかと思うと。
……少し見てみたいな、その場面。
「なにか変なこと考えてませんこと?」
「考えてないよ。じゃあ、俺ここだから」
「ああ、すみませんでしたわね」
タイミングよく最寄り駅に停車する電車から降りながら、簡潔に別れの挨拶を済ませつつ、預かりっぱなしだったパソコンも返す。
そのまま構内を歩いて、改札を抜けても。
まだそこに、彼女が、いる。
「……バーネロンドさんも、最寄り駅ここだったの?」
「いえ、違いますわ」
「じゃあ、今日は、どちらまで……?」
思えば、少し考えればわかることだった。
もっとお互いのことを知るのが先、と俺は言った。
彼女は自分のことを、一時間の動画にしてまで教えてくれた。
じゃあ次のステップは?
もうわかるよね。
「もちろん、貴方のご自宅まで」
知られてしまう! 全て!!